(Editor in Chief) | 24, May, 2017

疑問・お洒落の流儀 其の一 半袖シャツ

男には男のお洒落の流儀がある、そうだ。
己のプリンシプルを持ったダンディな男たちは、豊かな知識と経験から、お洒落を志す若輩者たちへと、ありがたいアドヴァイスを繰り返してきた。
でも、本当にそれが正しいのか? 時代とともにお洒落の流儀は変わっていくのではないか? それとも、やはり先人たちの教えは時を超えても揺るがない定義なのだろうか? ここで皆さんと一緒に考えてみたい。
その第一回は「半袖シャツ」

かつて、男のお洒落の流儀に「男子たる者、半袖シャツを着るべからず。ただし、ポロシャツとアロハシャツを除いて」と言われた。1970年代の頃のメンズファッション誌では、夏になるとよくこの主張を目にしたものだった。

理由は簡単。「ダサいから」

確かに、シャツの袖が6割ほどなくなっているのは、なんとも間抜けな感じもする。1979年に大平首相が提唱した半袖背広の「省エネルック」が「ダサい」と言うのと同じ理由だろう。

「暑けれりゃ、袖をまくればいい」。

確かに、昔の映画スターは半袖シャツなどは着ていない。皆、袖をまくっている。ポール・ニューマンなどが無造作に袖をまくった姿は、ちょっとワイルドで、なるほど様になっている。それと比べると、半袖シャツの間抜けさは明らかだ。

実は、私もこの流儀を長い間忠実に守ってきた一人である。

しかし、最近この流儀に「?」を感じるようになったきた。

例えば、スーツにノーネクタイのビジネスマンよりは、半袖シャツにネクタイをしているビジネスマンのほうがお洒落に見える。

また、例えば、昨今の流行りであるビッグシルエットの白い半袖シャツをタックインして、股上の深いキャロットシルエットのパンツを合わせたスタイルはとてもモダンに感じる。

もちろん、プルオーバーのマドラスチェックやバティックプリントなどは、アロハと同じカテゴリーだから、昔の流儀から言っても、半袖はOKということになるだろう。

要は、「半袖シャツは、往々にして間抜けに見える」という認識を持っているか、いないか、である。

日本の夏は近年どんどん暑くなって、もはや熱帯気候に区分されてもいいほどだ。袖をまくっているだけじゃ、とても追っつかない。半袖シャツを着ても、間抜けに見えない着こなしができる人が、今ではお洒落であると信じる。

それでも、頑として半袖シャツは着ない、というスタイルもそれはそれで素敵だ。

「お洒落は我慢である」もまた真理である。