(Editor) | 07, Jul, 2017

《マルジェラ》を支えた功労者、ジェニー・メイレンス

 

ジェニー・メイレンスが、7月1日にイタリアにある自宅にて死去したと発表された。

  あまり表舞台に出ない人だったから、モード・ファッション好きでも彼女の名前にピンとくる人は少ないのかもしれない。しかし、熱心なマルタン・マルジェラ ファンなら、お馴染みの名ともいえるだろう。彼女は、《メゾン・マルタン・マルジェラ》の共同創設者である。財政や運営面で、ブランドを約20年に渡って支え続けた。

 

 マルジェラがいまだアントワープ王立大学で学生をしていたときから、すでにブリュッセルに自身のショップを持ち、当時パリに出てきたばかりの《ヨウジヤマモト》をいち早く買い付け、ベルギーのファッション界ですでにその名を轟かせていたジェニー。クリエイションの質を見極める優れたインサイトとビジネススキルを持つ彼女に、ゴルチエで働いた後のマルジェラが、「私のブランドを立ちあげたいから、クリエイティブチームのひとりになってくれ」と懇願したことが《メゾン・マルタン・マルジェラ》の始まりであった。当時のマルジェラは、ビジネスサイドには全く興味がなかったようで、その裁量はすべてジェニーに託されていたようだ。そしてビジネスのみならず、そのプレゼンテーション方法からブランドとしての“ありかた”まで、ブランド全体のブレインとして活躍した。ブランド初期にあった「白タグ」もジェニーの考案だという。

 

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 今年、アントワープにあるモード美術館で開催された「マルジェラ エルメス・イヤー」展をきっかけに、あらゆるメディアがマルタン・マルジェラの存在を話題にした。また、近年のモード界でスポットライトを浴び続ける《ヴェトモン》と《バレンシアガ》のデザイナーであるデムナ・ヴァザリアが、《マルジェラ》出身であることも、その注目の再燃に一役買っているだろう。トレンドにもなったオーバーサイズシャツをうけて、その“元祖”として、2001 S/Sシーズンのコレクション画像をSNSなどでよく目にした。

 

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 そんな決して古びない《マルジェラ》のクリエイションと魅力を支えるのは、服そのものであり、そして、ブランドとしてのアティチュードでもある。「服そのもの」と「見せ方/売り方」の連動……どのブランドも苦心することだとおもうが、まさにその「見せ方/売り方」という片翼を担っていたのが彼女である。ビジネスというと、クリエイションとは分断されているように聞こえるが、それらは表裏一体なのだ。ジェニーは若いデザイナーへのアドバイスとして、「よりコマーシャルであることは、クリエイティブさを犠牲にすることではない。むしろ、その反対だ」と言っている。かつてアンディ・ウォーホルが放った「Good business is the best art. (いいビジネスは最高のアートである)」という言葉を思いださせる。そしてジェニーは助言を続ける。「大事なのは、現実を直視すること。自身のアイデンティティを見つけること。そして、そのアイデンティティを自身のコレクションのみならず、ビジネス全体に浸透させること」。

 

2003年の《メゾン・マルタン・マルジェラ》の売却以来、業界からは身を引いた。晩年は、イタリアに移住し、静かな生活を送っていたようだ。ご冥福をお祈りします。

 

上岡