(Editor in Chief) | 17, Oct, 2017

昭和のインフルエンサー(1) 序文

偉人とは、同時代を生きているときには実感できないが、後世、振り返ると「そうだったかも?」と思える人ではないだろうか。

僕が青春時代を送った“昭和”という時代にも、政治では吉田茂とか、田中角栄という方たちが今、偉人と呼ばれる。経済界には松下幸之助とか、本田宗一郎とか。スポーツ界には長嶋茂雄に大鵬、力道山。

ただ、僕がもっとも熱狂し、影響を受けたサブカルチャー界には、偉人と呼べるような方はいただろうか? そもそも“サブ”カルチャーってくらいの、本流とか王道とかでない世界で“偉人”と呼ぶのがふさわしいのかどうか。

ジョン・レノンやアンディー・ウォーホル、スタンリー・キューブリックは“偉人”と呼んでも納得できるが、僕が、この日本で、昭和のど真ん中で、田中角栄よりも、本田宗一郎よりも、大鵬よりもリスペクトしていた人たちは、どうも“偉人”と呼ぶにはふさわしくないような気がする。

たとえば、杉山登志。たとえば、寺﨑央。たとえば、バロン吉本。たとえば、大瀧詠一。

同時代を生きた感覚が“偉人”と呼ぶのをためらわせる。

では、当時は使っていなかった言い方で、今の表現ではどうか。

インフルエンサー。

なんと、軽い言葉だろう。「世間に影響力を与える人物」という意味だが、近年はどうやら、その条件に「SNSなどを用いて、消費者の購買意思決定に大きな影響を与える人」ということになる。

この肩書きを自ら名乗る人は、おそらく昭和生まれにはいないだろう。その肩書きで呼ばれることすら軽蔑されていると感じる人もいるかもしれない。

ただ、「昔、あの人は、確かにインフルエンサーだった」というのなら、どうだろう。

バックトゥザフィーチャー的表現だが、案外わかりやすい表現ではないだろうか。特にサブカルチャーの世界なら。

ということで、新しいブログのテーマ。「昭和のインフルエンサー」。裏テーマは(極私的青春のサブカル偉人伝)

第一回は、荒木一郎。

シンガーソングライターというスタイルを日本で初めて作ったのは、彼である。

荒木一郎の偉大な点は、天才の条件である「早熟であり、多作であること」。

荒木一郎という類稀なる才能に出会えたことだけでも、僕は昭和に生まれて本当によかったと思っている。

(つづく)