| 19, Oct, 2017

昭和のインフルエンサー(1) 荒木一郎(下)

日本のシンガーソングライターの(おそらく)ハシリであろう荒木一郎は、役者としても昭和史にその名が刻まれると、僕は思う。歌手が役者としても成功している例は多いが、彼が演じた役を他の人が演じることは想像できないほど唯一無二の存在感を放っている。 昭和を代表するピカレスク・アクターの主演男優といえば、勝新太郎か、松田優作が東西両横綱だとすると、助演男優にはこの荒木一郎と、成田三樹夫を挙げたい。よって、松田優作と荒木一郎が共演した映画『最も危険な遊戯』は日本映画史を代表するピカレスク・ムービーと言える。 ...... READ MORE

| 18, Oct, 2017

昭和のインフルエンサー(1) 荒木一郎(上)

1966年、昭和41年。荒木一郎は22歳。 名曲『空に星があるように』を世に送り出した。 リリースから50年以上も歌い続けられているこの曲は、荒木一郎の名前を知らなくても多くの人が口づさむことができるだろう。 22歳の若者が作詞も作曲も一人で手がけ、歌った。そして大ヒットさせたのだ。 荒木一郎以前にそんなことをした日本の歌手はいない。 ...... READ MORE

| 17, Oct, 2017

昭和のインフルエンサー(1) 序文

偉人とは、同時代を生きているときには実感できないが、後世、振り返ると「そうだったかも?」と思える人ではないだろうか。 僕が青春時代を送った“昭和”という時代にも、政治では吉田茂とか、田中角栄という方たちが今、偉人と呼ばれる。経済界には松下幸之助とか、本田宗一郎とか。スポーツ界には長嶋茂雄に大鵬、力道山。 ただ、僕がもっとも熱狂し、影響を受けたサブカルチャー界には、偉人と呼べるような方はいただろうか? そもそも“サブ”カルチャーってくらいの、本流とか王道とかでない世界で“偉人”と呼ぶのがふさわしいのかどうか。 ...... READ MORE

| 14, Sep, 2017

BALENCIAGA issue

「プレタに乗り出すには、あまりにもクチュールを知りすぎた」 1968年にこの言葉を残して、ファッション界を去ったクリストバル・バレンシアガの意志を受け継ぎメゾンを舵取ることとなったデムナ・ヴァザリア。 ...... READ MORE