FEATURE | 21, Nov, 2017

【インタビュー】マッツ・グスタフソン『NUDE』

 近年、ますますその重要性を増しているファッション・イラストレーション。今年の初めにリゾーリ社から出版された、《ディオール》のコレクションを再解釈した作品を集めたブック『Dior by Mats Gustafson』が記憶に新しいスウェーデン出身のアーティスト、マッツ・グスタフソンは、長年に渡りその唯一無二な作風とクリエイションの核を捉える確かな審美眼で、ファッション・イラストレーションにおける第一人者でありつづけてきた。《ディオール》の他にも《エルメス》や《ヨウジヤマモト》、《コム デ ギャルソン》など、モードを牽引する数多くのファッションブランドからラブコールを送られる彼だが、自身の作品制作では自然やヌードなど本質的なテーマを追求している。その中でもヌードをテーマにした作品を集めた、国内では5年ぶりとなる個展「NUDE」が、東京・恵比寿の「MA2 Gallery」にて12月27日まで開催中だ。弊誌はオープニングに合わせ来日したマッツに取材を敢行。インタビューは気持ちよく日の光が入るギャラリー内にて行われた。マッツは筆者が見本として持参した弊誌最新号(No.16現代アメリカ文学特集)を手に取ると、今年逝去したグレン・オブライエンの追悼ページに目を留め、哀愁漂う表情を浮かべつつ話を切り出した。

「グレンは仲の良い友人で、お気に入りである私のエキシビション(2001年にスウェーデンの美術館『Nordiska Akvarellmuseet』にて開催された個展)の際に出版した作品集では、素晴らしい序文を書いてくれました。彼が亡くなったことは本当に残念です」

 奇しくも、今展覧会にて新たに出版されたマッツの作品集『NUDE』に序文を寄稿したのはChristopher Bollen。2008年に、グレン・オブライエンによってリニューアルされた『Interview』誌を作っていた一員である。

scan_40_s

courtesy of the artist and MA2Gallery

 今インタビューでは、ファッション・イラストレーターとしての道に進むようになったマッツのキャリアやファッションの捉え方、そして今展覧会についてまで、落ち着いた口調で語ってくれた。

 

———まずキャリアの始まりについてお聞かせください。元々は現ストックホルム演劇大学では演劇のステージデザインを学んでいたそうですが、なぜファッション・イラストレーションを描き始めたのでしょうか?

「私は、子供のころからいつもファッションに興味を抱いていました。好奇心は服そのものだけでなく、コスチュームや服飾史にまで及んでいましたね。とはいえ、当時はファッションを職業にしようとは思っていなく、ただの趣味でしたが。私の経歴を少々不思議に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、私自身は、ステージデザインとファッション・イラストレーションに大きな違いを感じません。大学に在学中から、フリーランスとしてイラストレーターとしての活動を始めましたが、元々はファッションを描いていたわけではありませんでした。そして、どこかで私の絵を見た《H&M》が日刊紙に使うファッションを描かないかとオファーをくれたのです。それがファッション・イラストレーターとしての初仕事でした。今では私はウィメンズファッションを描くことがほとんどですが、初めての仕事では他のイラストレーターがウィメンズを描いたので、私はメンズを描いたのです。ですので、メンズファッションは僕の出発点といえますね」

 

———幼い頃からドローイングをされていたのでしょうか?

「たくさん描いていましたよ。服そのものやハイヒールを履いた美女、おとぎ話や家具などをね。男の子は車を描くことが多いかと思いますが、私は描きませんでした(笑) とにかく幸せな環境で育ちました。スウェーデンの田舎に住んでいて、母親がテキスタイルのアーティストということもあり、絵の具や紙をふんだんに使わせてくれ、いつも私が絵を描くことを応援しサポートしてくれました。しかし、当時興味を持っていたのは、豊かな自然ではなく都市的なものだったので、私は郊外から都市に移住する必要性を常々感じていましたね。好きだったファッションや劇場、デザインなどはすべて都市にあるのですから。そうして、ストックホルムに移り住むことになります。先程述べた《H&M》の仕事の後には、『マリ・クレール』や『ヴォーグ イタリア』などからだんだんとファッション・イラストレーションの仕事をいただくようになりました。今住んでいるNYにはストックホルムである程度のキャリアを築いてから移住しました。80年代のNYはまるで磁石のように才能ある人を引き寄せる都市でした。今では商業的な印象が強くなってしまいましたが、当時は世界各地からアーティストが集まり、街に繰り出せばジャン=ミシェル・バスキアやキース・ヘリングが歩いていたのです」

 

———しかし、あなたの作品は次第にファッションという都市的な感覚から離れ、再び自然や郊外の感覚に立ち返ってきますね。

「ファッションを扱うなら特に言えることですが、郊外で育ち、いずれはまた郊外に戻るとしても、一度は都市での生活を経験すべきだと思います。ヌードや自然を対象にした作品を描くに至るまで、私はストックホルムやNY、パリという大都市で何年もファッションの仕事をしてきました。締め切りに追われ少々疲れを感じたとき、初心にかえって、より平和的なドローイングをし、普段とは違う脳みその動かし方で、なにかファッションとは別次元の対象を描く必要があると感じたのです。そうしてまずポートレートから始まり、ヌード、風景、自然といったファッション以外のものを描き始めました。しかし、同時にファッションを描く仕事も続けていたのです。私にとって、この両立が大事だと気づきました」

img45_s

courtesy of the artist and MA2Gallery

———自然的なものを描くのと、人工物であるファッションを描くのでは、どのような心境やアプローチの違いがありますか?

「言葉にしにくい感覚ではありますが、精神・身体・心情的にも、描くプロセス、注がれるクリエイティビティはほぼ同じと言っていいでしょう。一番大きく異なるのは、ファッションを描くときには雑誌や広告など常にクライアントがいて、誰かのために描いているという点です。私はデザイナーを代弁しなければいけない立場で、出来上がるのは“私だけ”の絵ではないわけです。反対に自然的なものは、自分のためだけに描いているのです」

 

———すると、仕事以外にファッションを描くことはないのでしょうか?

「もちろん子供の頃にはありましたが、プロフェッショナルになってからは描いていませんね。目的、つまり依頼があってのみ描きます。ファッションはいまでも好きですが、自分のために描こうとは思いません。ファッションを描くには、依頼人やデザイナーなど、そこにコンテクストが必要なのです」

 

———ファッション・イラストレーションを描く際に、その服を作るデザイナーの意図やアイデアについて考えますか?

「はい。デザイナーのアイデアやヴィジョンは理解したいと思っているし、ファッション・イラストレーターとして重要な仕事の一部であると思います。私は長年に渡って、たくさんのファッションを見て、理解しようと努めてきました。好きなアイデアを持った服をドローイングするのは楽しいのですが、常にそうとは限りません(笑)  私は常に面白いデザインだけを相手にしているわけではなく、コンサバティブな普通の服を描くこともあるのです。ファッション業界は広く、いろいろな仕事がありますからね。ひとつ言えるのは、ファッション・イラストレーションは私自身を表現するものではなく、ファッションを私なりに解釈して物語を語ることなのです」

 

———ファッションのどこに魅力を感じますか?

「そうですね……。それはファッション業界自体が探していることなのではないでしょうか。魅力的に映る新しい何かを探して、ファッションは留まることを知りませんよね。ファッションは美しさにチャレンジし、常に異なる美しさの定義を探しているのです。時には、それは現在の美しさの定義と対極にあるのかもしれませんが、そういった模索は『美しさとは何か』を問いかけるためには必要なことですね」

 

———今後、ファッション・イラストレーションはどのような役割を担っていくと思いますか?

「まず、間違いなくファッション・イラストレーションの需要が潰えることはありません。最近よく『描かなくても、写真で撮れば良いじゃない』と訊かれます。特に今は、スマートフォンで誰でも気軽に写真が撮れる時代ですからね。しかし、同じくしてヴィジュアル・コミュニケーションがとても重要とされる時代になっています。その中で、ファッション・イラストレーションは、新たなファッションの見方を提供できる有効な手段なのです。ファッション業界は、雑誌、広告、店舗と、ヴィジュアルが支配する領域が広い。インターネットの普及により、さらにその範囲は拡大しています。ヴィジュアル無しでのファッションはほぼありえませんからね」

scan_66_Gija_1990_s

courtesy of the artist and MA2Gallery

———ここからは本展覧会についてお訊きしたいと思います。なぜ今回はヌード作品の展示となったのでしょうか?

「本当のことを言うと、初めはファッション・イラストレーションを展示する話があったのです。しかし今回は2012年の『TREES AND ROCKS』に続く、このギャラリーで2回目の展示ということもあって、もう少し議論を進めると『ヌードは面白いのではないか』という話になりました。ヌードは、私がアーティストとしてファッションから抜け出すために初めて描いたテーマです。今回展示してあるほとんどの作品は90年代に描かれたものですが、私は今一度その時代と感覚に還ってみたいと思ったのです」

 

———当時、なぜヌードを描き始めたのでしょうか?

「ファッションから抜け出すために、初めはアートスクールで行われるような『身体について学ぶこと』をした結果でしょうか。ファッションの世界で働きすぎて、服を着るその中身=肉体についてすっかり忘れてしまっていたので、感覚を取り戻す必要があったのです(笑)  さらに、ファッションよりも情緒的で親密さのあるテーマで描きたいと思いました。ファッションは鎧のように私たちを守ってくれますが、親密さも弾いてしまう気がします。『ヌードを描く』ことはとても伝統的な手法ですが、ファッションを扱ってきた私にとっては、ヌードは“服を着ていない”という状態を指すのです」

 

———ヌード作品を描くプロセスはどのようなものだったのでしょうか?

「作品によってまちまちですね。友人を呼んで裸でポーズをとってもらうこともありましたが、私も友人もシャイなので、その状況は非常にぎこちないものでした(笑)  ですので、その場ではさっとスケッチしたりスナップショットを撮ったりして終わり、作品を描き始めることはしません。私のために長時間ポージングしてもらうのも申し訳ないですしね。また、想像力を働かせて描くことや、マーケットなどで見つけた古いヌードのファウンドフォトなどを参考に身体のシェイプや動きを描くこともあります。古い写真の質感が作品に影響を与えることもありますね。私にとってはレコード収集のようなもので、たくさんの古い写真を持っています」

 

———奇妙な質問かもしれませんが、描く身体のシェイプに好みはありますか?

「ファッションを描くときには、服をよく見せるためにモデル体型のシェイプを描きます。ただ、服を脱いだ裸の状態にを描く際には、美しい身体にはそそられません。ただ、別に好みがあるかといわれると難しいですね。十人十色の身体の線があって、私はそれを選ぶというよりはそこから何かを見つけるといったほうが正しいかもしれません。理想通りにセッティングすることとは対極で、自然のままにしてその中に何かを見つけるわけです。人はみな身体を持っているものですが、それを隠して生きています。それを暴くのがヌードですが、私はそこにエロティックでセクシュアルな感性を持ち込みません。ただ勇気をふりしぼって、その身体を私なりに描写しようとするだけなのです」

 

———身体の輪郭を紫で描いている作品も見られますが、なぜそのような色使いになったのでしょうか?

「逆に、なぜ使わないんだ?と尋ねかえしたいですね(笑)  というのも、頭で考えてやっていることではなく、即興的に色で遊んでいるうちに偶然発見するので、そこに意味やコンセプトはありません。この一枚の作品に至るまでには何枚ものバリエーションが描かれていて、ゴミ箱に捨ててしまった作品も数知れませんよ。今回は90年代の作品を展示していますが、自然を対象にした作品制作時期を経て、最近はまたポートレートを描き始めました。またそれも発表できる機会があるといいですね」

 

過去のマッツに作品を見ることのできる貴重な機会となった本展覧会。粒子にとけ込んで滲む繊細なエレガンスを体感しよう。

 

ヌード

TERM 〜12月27日

PLACE MA2 Gallery

ADDRESS 東京都渋谷区恵比寿3-3-8

OPENING HOURS 12:00-19:00(火〜土)

URL ma2gallery.com

 

Edit_Ko Ueoka