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ART
Jan 19, 2023
By THEM MAGAZINE

【インタビュー】NAOHIRO HARADA “TOKYO FISHGRAPHS|2020”

魚に秘められた江戸から東京、未来へ続く情景。

 

写真家・原田直宏氏の3作目となる写真集『TOKYO FISHGRAPHS|2020』が発売された。スウェーデンの出版社Librarymanのフォトブックアワード「The Libraryman Award」を受賞した今作は、被写体である魚に和食器などの小物を合わせ、歌川広重の浮世絵『名所江戸百景』になぞらえて撮影された。路上の人を撮影した1作目の写真集『Drifting』、2作目の『The Third Room』とは一線を画した作風となっている。写真集は、コロナ渦を迎える1年ほど前から、無観客となった東京オリンピックが開催終了に至る、約4年間で制作。鬱々としたムードは全く感じさせない、斬新な切り口で現代の東京を表現している。魚や浮世絵を題材とした真意を、原田氏が作品に込められた未来へのメッセージとともに紐解いていきたい。

——前作の写真集『The Third Room』から約4年が経ち、3作目『TOKYO FISHGRAPHS|2020』が発売されました。今作は、いつ頃から、どのような経緯で制作をされたのでしょうか。

2作目の制作が終わった2018年の末に次の作品について考え始めました。1作目と2作目の写真集では、陰影を使い、黒い色彩で浮遊感のあるイメージを制作したので、3作目では逆に、黒色はあまり使わず、現実感に根ざしたイメージを表現しようと思い、地面そのものを写してはどうかと考えました。また、その時期の東京はオリンピックの開催準備の真っ只中で、海外に対して日本の文化を発信しようという空気に満ち溢れていました。私も1人のクリエイターとして日本の文化をもう一度見直し、何か新しいもの作ってみたいと感じていました」。

 

——作品の主人公に魚を選んだのはなぜでしょうか。

「作品をつくる過程で日本美術の研究をし始め、「魚」というモチーフにたどり着きました。日本の伝統文化は茶道、華道、香道が日本の三道とされていましたが、民俗文学などに触れていく中で、「魚道」というものがあってもいいんじゃないか、という個人的な仮定が生まれました。日本人が魚を扱うことに対しての美意識や精神性が、調べていくと、世界的に見ても奥深いと感じたのです。それは寿司や刺身の盛り付けの特色などはもちろん、神前への供え物や魔除けなどにも現れているように思いました。東京の街中では、看板などで多くの魚の写真や記号を目にすることができます。でも、現代の都市において本物の魚を見ることは少ないので、その光景を写真で表現してみようと思いました。また、魚は種類が豊富で、見た目、色、模様、表情もそれぞれ違うので、絵的にも面白いなと思いました」。

 

——写真と歌川広重の浮世絵『名所江戸百景』の関連を教えてください。

「魚を道で撮る行為自体、人通りの多い所ではやりにくいため、普段はなかなか訪れないような東京の閑散としたエリアにも足を踏み入れるようになりました。そこで気づいたのが、そのような場所に、昔そこが江戸の名所であったことを示す看板が各地に立っているということでした。それらの場所は現代においては特別、観光スポットというわけでもないので、過去から現在にかけての時間の経過を感じさせました。そして、そのことが撮影場所の意味を考えることにつながり、1つの定番である歌川広重の『名所江戸百景』の場所で撮影することを決めました。

 

——撮影していく中で、『名所江戸百景』と合わせるアイデアが浮かんだのですね。

「はい。実は制作当初は、魚を道で撮って作品ができあがる確信はなくて、本当にこのコンセプトで良いのかと迷いながら進めていた部分があったのですが、2020年にコロナで自粛が始まったことによって、逆に撮影が行いやすい状況が生まれてしまって、偶然ですが作品との不思議な縁を感じました。コロナ禍でも、魚屋が休業対象に入らなかったことも幸いしました。当時、寿司屋や料亭に卸すような高級魚は消費の場を失い、値段も下がり、行き場を失っていました。そのような環境下で、さまざまな種類の魚を確保し、撮影することができました。また、ある日広重の名所江戸百景のひとつの絵の中に、右下に魚が見切れている姿が描かれいるのを発見したのです。まるで秘密を隠しているように描かれていたのが印象的で、とても興味を持ちました。その後、広重の他の作品を調べると、『魚づくし』という魚を描いているシリーズがあるのを知りました。結果、日本美術を掘り下げていくと、魚はずっと日本の重要なモチーフだったようです。その気付きがあって、作品のコンセプトとして確信を持って進められるようになりました」。

 

——写真集では写真の対向ページに、『名所江戸百景』を掲載しています。このようなページデザインに至った経緯を教えてください。

「写真では魚をクローズアップして撮っているのですが、写真だけだと伝わりづらい風景のイメージを、浮世絵で補完してみました。そのため、この写真集の対向ページの組み合わせは、全て同じ場所の写真と浮世絵の組み合わせになっています。並置している浮世絵は本来色鮮やかなものですが、今回はあえてモノクロフィルムで複写しています。なぜなら、名所江戸百景を「広重が撮った当時の写真」として表現してみたかったからです。美術史では浮世絵の衰退とともに写真が普及していきますが、浮世絵の隆盛と写真機の到来は同じ時代を共にしています。広重の名所江戸百景は、縦位置で当時の江戸を的確に捉え、構図も遠近感を備えた現実味があり、写真的な見方をしても違和感が少ないと感じました。そのような考えから、私が撮影した現代の東京と、過去の記憶の中の江戸の風景を対比・同居させているような意図でイメージを並置しています」。

 

——食器やこけしなどの小物と魚をセットで撮影した経緯と、その組み合わせについて教えてください。

「古来、人間が模様などの抽象的な表現を作るときは自然などの身近な周辺環境からインスピレーションを受けていると本で読んだことがあります。そのような考えから、日本で歴史的にインスピレーション源であったであろう自然のもの(魚)と、インスピレーションを受けて作られたであろう小物や食器が出逢い、日本の古典的文化イメージの表現として制作してみました。組み合わせとしては、撮る予定の魚の色や柄に合わせて小物を選ぶこともありますし、その逆の小物に魚を合わせる場合もありました」。

——では、1日の撮影の流れを教えてください。

「次の日撮影をしようとしても、明日はどんな魚が店に並ぶか分からないんです。それがすごく面白いと思いました。早朝魚屋に行き、その日に揚がった魚の種類をチェックして、何匹か購入します。その足で撮影スポットに行くこともあれば、一度家に持ち帰り、加工することもありました。生魚なので、当日か翌日には撮影しないと、見た目にも鮮度が落ちてしまうので、偶然性や時間的な制約が多いのですが、それが絵作りの面白さに逆に活きてくると感じました」。

 

——今作の写真で用いた技法をおしえてください。

「今回はシンプルに、4×5の大判フィルムカメラを使いました。江戸時代には、写真を一枚撮るだけでかなり時間がかかったはずなので、できるだけ当時のカメラ技法に近づけることを意識しました。4×5の大判カメラは何回もシャッターを押せるわけではないので、魚や小物をよく考えてセッティングをする必要もありました」。

 

——どの写真も、魚のポージングが独特でした。

「魚の配置・ポージングに関しては、撮り進めていくうちに、こだわりが出てきた部分です。基本は対向ページの浮世絵と構図や意味で繋がるように心がけています。例えば浮世絵に犬が2匹描かれている場合、魚も2匹にしていたり、浮世絵の中の馬糞を魚に置き換えて表現してみたりなど、その時々の工夫を施しています。全てが浮世絵の通りにはならないので、浮世絵の情景を、自分で解釈して、現場と写真の中で再構築するようなイメージです」。

 

——制作の間、魚と対峙し、心境に変化はありましたか。

「この作品は、普段何気なく食されている魚達のポートレート集でもあります。春夏秋冬で獲れる魚の種類も違いますし、食卓では見えにくいですが、それぞれの魚が持つ模様もとても芸術的で非常に綺麗だと、今回の制作で知りました。自然が創り出した魅力があります。また、魚一匹にも、それぞれの個体を観察すると1つの物語が見えてくるように思えました。魚の口が切れていれば、釣り針がひっかかり、漁師との格闘があったことが伺えます。都会で暮らしているとあまり感じることのできない、都会の外に存在する人と自然との力の拮抗を感じました。アートとは、このような見えにくい部分を可視化して、新しい気づきを提示できることも1つの価値だと思っています」。

 

——原田さんの作品では、「和」がテーマになることが多いのでしょうか。

「特別に「和」を意識していたわけではないのですが、1作目と2作目の写真集では少ないタッチで余白を感じさせるような、日本らしい雰囲気はあったと思います。」

 

——日本美術との出会いはいつ頃でしょうか。

「小さい頃は画家やイラストレーターになりたかったのですが、当時一番最初に理解できたのが浮世絵でした。線の使い方やデザインに親近感を感じ、西洋絵画よりもしっくりきたのです。その頃から、浮世絵には影響を受けてきたかもしれません」。

 

——原田さんは本作について、「広重の描いた魚達が『名所江戸百景』から無観客の東京オリンピックを盛り上げたという現代の見立絵として制作した」とも発言されています。

「見立絵という発想は始めからあったわけではなく、作品を作っていく中で徐々に寄っていき、作品のコンセプトとして昇華されていきました。オリンピックが東京で開催され、しかもそれが無観客となったこの奇妙な歴史を後世にどのような伝え方があるだろうかと考えました。決して明るくはないこの出来事ですが、ただ悲観的なものではなく、ユーモアを持ち、別の側面が見えるような伝え方をしたいと思いました。作品にはもちろん皮肉、風刺的な部分はあるのですが、興味をもって楽しんで見てもらえる作品になっていたらと思っています」。

【書籍情報】

原田直宏『TOKYO FISHGRAPHS|2020』

¥7,150 (twelvebooks)

原田直宏

はらだ なおひろ 1982 生まれ。東京出身。2010年 早稲田大学芸術学校空間映像科卒業。国内外のギャラリー、アートフェア等で作品発表を行っている。主な個展に2014年「泳ぐ身体」、2018年「三つ目の部屋へ」(共にZen Foto Gallery・東京)。主なグループ展に2016年「REMIXING GROUND 混在する都市 ヨハネスブルグ×東京」(東塔堂・東京)、「Daikanyama photo fair 2015、2018」(代官山ヒルサイドフォーラム・東京)。写真集出版に「泳ぐ身体」(2014年・Zen Foto Gallery)、「三つ目の部屋へ」(2018年・Zen Foto Gallery)、「TOKYO FISHGRAPHS | 2020」(2022年・Libraryman)。「Libraryman Award 2022」受賞。

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