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BOOK
Apr 21, 2021
By THEM MAGAZINE

【今月の一冊 】 ジム・トンプスン『漂泊者』

暗黒小説家の暗黒生活

米国文学界のアウトサイダーであり、暗黒小説の巨匠ジム・トンプスン。彼の小説の奇怪っぷりを思えば、彼自身の生涯もきっとマトモであるはずがない。そんな波瀾万丈で風変わりな人生をベースとした自伝的小説が『漂泊者』である。

2019年に初邦訳が出版された『バッドボーイ』の続編扱いとなる今作は、192030年代の恐慌後のアメリカで職を転々とし続ける、(物語の開始時点で)22歳の若きトンプスンの姿だ。サンドウィッチ売りから葬儀社の夜間受付、下水溝掘りなど、転職を繰り返しながら、町から町へと流浪していく。トンプスンは好き好んで漂泊しているわけではなく、フルタイムの小説家として食っていくために必死でもがいているだけだ。しかし、疑うことを知らない欠陥だらけの人々に囲まれ、裏切られ、何をやってもうまくいかず挫折をしてばかり。あまりの七転八倒ぶりにどこまで真実なのかわからないが、ユーモアあふれる語り口と辛酸を舐めながらもへこたれない様子に、陰鬱極まりない生活が喜劇的に思えてくる。

トンプスンの超凡な人生観を形成した背景を知るにも、社会描写から雇用や社会格差といった当時の米国風情を読み解くにも貴重な資料だ。今作はその文章の小気味よさと毎度笑えるオチがつくことから、トンプスン文学への入門書ともいえよう。もしニヤリニヤリと読み進めてしまったなら、もう“沼”から抜け出せはしない。トンプスンの小説は、どうもクセになってしまう。

『漂泊者』

AUTHOR ジム・トンプスン
TRANSLATOR 土屋 晃
PUBLISHER 文遊社 

Jim Thompson

ジム・トンプスン 1906年、アメリカ・オクラホマ州生まれ。油田労働者、ベルボーイなど職業を転々とし、42年に初の長篇を出版。49年、初の犯罪小説『取るに足りない殺人』を発表。その後『おれの中の殺し屋』(1952)など作品を次々に発表する。スタンリー・キューブリック監督の 『現金に体を張れ』(1956)『突撃』(1957)の脚本に参加。77年没。

土屋 晃

つちやあきら 東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。訳書に、スティーヴン・キング『ジョイランド』、ジェフリー・ディーヴァー『オクトーバー・リスト』(ともに文春文庫)、テッド・ルイス『ゲット・カーター』(扶桑社文庫)、エリック・ガルシア『レポメン』(新潮文庫)、ジム・トンプスン『バッドボーイ』(文遊社)など。

Photography_TORU OSHIMA.

Edit_KO UEOKA.

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