Them magazine

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BOOK
Aug 25, 2020
By MARIN KANDA

グカ・ハン『砂漠が街に入りこんだ日』

母語を離れて書かれた デビュー短編集

今年の1月フランスで刊行されると人々は口々 “新年の大事件”と噂した。

 

小説家、グカ・ハンによるデビュー作『砂漠が街に入りこんだ日(Le Jour où le désert est entré dans la ville)』。本作は韓国出身である作者がフランスに渡ってから、たった6年ほどの滞在にもかかわらずフランス語によって書かれた異彩を放つ短編集である。

 

綴じられた8作すべての舞台と想像できる架空の都市“LUOES(ルオエス)”は“SEOUL(ソウル)”の綴りを逆さにした言葉になっており、実際にグカ・ハンは「ソウルをモデルとしたこの幻想都市に、並行世界のソウル市民を思わせる住人を描いてみたかった」とインタビューで語っていた。

 

その一方で、彼女が母語に染み付いた個人的な感情や体験を切り離すことで、物語はまるでコマ送りのような淡々とした語りで展開されていく。

 

各編の主人公たちは一人称の“私”として登場し、それぞれ極限まで感情描写が削ぎ落とされて描かれるが、ある一編では“あなた”の物語が始まる。その突然の語りかけによって、読む者は俯瞰的な立場から当事者になったかのように物語へ引き込まれるのだ。そうして、夢を見ているような頼りなさが漂う中で、読者は主人公とともに“ルオエス”をさまようこととなる。
この頼りなさには、外国人としてフランスで感じてきた“よそ者 ”という不安感や手探りの感情が作為的ではなく自然に反映されているのだろう。

 

こうしたファンタジーの要素を感じさせながら、グカ・ハンは2008年に起こった「崇礼門放火事件」や14年の「セウォル号沈没事故」といった韓国で実際に起こった事件を物語の後ろに隠している。史実を想起させる巧妙なストーリーテリングとともに、母語ではない言語が生み出す独特なナラティブを体感してほしい。

『砂漠が街に入りこんだ日』

AUTHORグカ・ハン
TRANSLATOR 原正人
PUBLISHER リトルモア

GUKA HAN

グカ・ハン 1987年、韓国生まれ。ソウル で造形芸術を学んだ後、2014年、26歳でパリへ移住。パリ第8大学で文芸創作の修士号を取得。翻訳家として、フランス文学作品の韓国語への翻訳も手がけている。

原正人

はらまさと 1974年、静岡県生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科フランス文学専攻博士前期課程修了。バンド・デシネを中心としたフランス語で書かれた作品の翻訳を手がけている。主要訳書に『青い薬』(青土社)、『ラディアン』(飛鳥新社)など。

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