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BOOK
Oct 30, 2020
By MARIN KANDA

アザリーン・ヴァンデアフリートオルーミ『私はゼブラ』

自己を取り戻すための“亡命の大旅行”

 

「文学以外の何ものをも愛してはならない」。本作は文学史史上主義一族の末裔として生まれ、幼くして祖国を追われたゼブラのアイデンティティを辿る、文学と亡命が交錯する長編小説だ。

 

ゼブラは5歳のときにサダム・フセインが仕掛けた戦争によって家族とともにイランからの亡命を余儀なくされ、その道中で母を、そしてトルコ、スペインを経てやっとの思いで辿り着いたアメリカで父を亡くしてしまう。歴史に翻弄され、天涯孤独となったゼブラは自己を取り戻すための亡命生活を逆からやり直す“グランドツアー”へと出るのだ。しかし、物語はいわゆるロードトリップのような展開ではなく、文学に救われ、時に縛られているゼブラが思い出を掘り起こしながら自身の傷と向き合ってゆく過程を描く。彼女は口を開けば敬愛する作家たちの名文を引用、文学に固執して偏りすぎた思考は読み進めるほどに滑稽さを感じてしまうが、その裏には亡命者としての孤独がつきまとっている。

 

文学で身を固めて生きるゼブラを通して、作者であるアザリーン・ヴァンデアフリートオルーミは不条理な歴史を浮き彫りにし、その中に埋もれた人々に光を当てた。同時に、アザリーンが本作に込めた最大のテーマはゼブラが旅の中でアメリカ人の少女に対して語りかけた「あなたは歴史の死骸から顔を背けることができる」「私にはそれができない」という言葉に集約されているように思える。歴史によって踏みにじられた者と、無知が故に誰かを踏みにじっているかもしれない者が対峙したこのシーンに含まれるメッセージは、誰でもない読者である我々に投げかけられているはずだ。なぜなら当事者たちだけが歴史に向き合うべきではなく、誰もが故郷を追われた移民や亡命者、戦争について考えるべきなのだから。

 

ゼブラが自身の亡命の旅を辿り直すことは、彼女にとっては失った自己を取り戻すためとなり、読者にとっては他者を理解するためのきっかけとなる。

『私はゼブラ』

AUTHOR アザリーン・ヴァンデアフリートオルーミ
TRANSLATOR 木原善彦
PUBLISHER 白水社

Azareen Van der Vliet Oloomi

アザリーン・ヴァンデアフリートオルーミ 1983年、イラン生まれ。イラン系アメリカ人作家。2012年に発表した『フラ・キーラー』が小説デビュー作。スペイン、イタリア、アラブ首長国連邦に居住経験があり、現在はアメリカ合衆国インディアナ州の名門私立大学ノートルダム大学で創作を教えながら、イタリアのフィレンツェを行き来する生活を送っている。

木原善彦

きはらよしひこ 1967年、鳥取県生まれ。アメリカ文学者。大阪大学言語文化部教授。デイヴィッド・マークソン『ウィトゲンシュタインの愛人』、アリ・スミス『秋』などの翻訳を手がけ、主な著書に『アイロニーはなぜ伝わるのか?』などがある。

 

Edit_MARIN KANDA.

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