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BOOK
Jan 13, 2022
By AccountRighters

【今月の一冊 】 アリ・スミス『冬』

家族の錯綜、柔らかく心地のよいテンポで

 

舞台は、EU離脱が決定した2016年、クリスマス時期のイギリス。負債を抱える実業家のソフィアは、年齢を重ねているものの、視力にはなんの問題もないのだが、行儀がよく、感情豊かで愛らしい子供の「頭」が突然日常生活で見えるようになる。

 

「頭」との日々を過ごしつつ迎えたクリスマスイブ、息子のアーサーが恋人を連れて帰ってくる。実はこの恋人は、お金を払って彼女役を演じてもらった移民の女性。ソフィアと犬猿の仲にあったソフィアの姉も呼び寄せて一緒に過ごすことに。

 

本書籍の冬の物語はソフィアから始まり、息子アーサーを中心に展開されていく。イギリスで最も注目されている作家のひとりであるアリ・スミスは実験的な作風で知られ、執筆当時に起こった事件やEU離脱の影響を象徴するフレーズが言葉遊びのようにちりばめられている。

 

前作の『秋』に続く今作は、ご想像のとおり「四季四部作」として『Spring』を経て『Summer』で完結する(日本で発売されているのは、現時点では『秋』『冬』のみ)。四季といえば日本人は春から始まることに慣れているが、秋からの刊行は新学期が9月に始まる欧州らしい。

 

4作すべてに登場する、『秋』の主人公のダニエル夫人は、『冬』ではダニーとして登場。一冊だけ読んでも十分楽しめるのだが、シリーズを通して伏線が張られており、読者は正体不明の「頭」に対する考察を続けながら、ソフィアと姉、アーサーと偽の恋人の関係を見守ることになるだろう。

 

場面のスケッチが多く、劇的と感じる物語の変化はないかもしれないが、注意深く読んでみてほしい。一見関係がなさそうな描写の点と点が繋がったとき、この物語の神髄を感じることができる。

 

『冬』

AUTHOR アリ・スミス
TRANSLATOR 木原善彦
PUBLISHER 新潮社

ALI SMITH

アリ・スミス 1962年、スコットランド・インヴァネス生まれ。ケンブリッジ大学大学院で学んだ後、スコットランドの大学で教鞭を執るが、ケンブリッジに戻り執筆に専念。『両方になる』でゴールドスミス賞を受賞。タイムズ文芸付録による2018年のアンケート「The best British and Irish novelists today」で1位に選ばれるなど、現代イギリス文学を代表する一人。

木原 善彦

1967年生まれ。大阪大学教授。ウィリアム・ギャディス『JR』の翻訳で日本翻訳大賞を受賞。そのほか、トマス・ピンチョン『逆光』、リチャード・パワーズ『オルフェ』などの訳書がある。著書に『実験する小説たちー物語るとは別の仕方で』『アイロニーはなぜ伝わるのか?』など。

 

Photography_TORU OSHIMA.

Text_CHIHIRO YATA.

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