Jan 30, 2026
By THEM MAGAZINE
COMING UP Vol.05_04 『死者たち』by CHRISTIAN KRACHT
最強のプロパンガンダである映画に取り憑かれた人々の野望
ジェイムズ・ジョイスの傑作短編小説と同名の作品。だが、同様に死者たちが主役ではない。1930年代、ハリウッドに対抗して“映画の枢軸”を同盟しようと目論む大日本帝国陸軍軍人の甘粕正彦と、彼の元へドイツの大手映画配給会社から派遣される若きスイス人映画監督のエミール・ネーゲリ。ともにトラウマのような幼少期を体験した二人が、当時、最強のプロパンガンダの道具であった映画によって、狂気の人生を歩む。冒頭から日本の映画ファンには馴染みの深い小津安二郎や溝口健二、さらにはチャールズ・チャップリンや犬養毅も登場するこの作品は、一言で言えば「史実と虚構を自在に遊ぶ」クラハトの才能が結集した大胆なフィクションだ。全編に漂う退廃的でエロティシズムに満ちたストーリーは、筆者のポストモダン的な視点が貫かれ、間接話法を用いて、語り手の地の文の中に、突然登場人物の会話や内的台詞が、幾人もの「声」ように語られる文体は、読者への密やかな挑発のようにも感じられる。能の構成でもある「序・破・急」からなる3章の筋立ても興味深い。特に戦後その存在が“魔王”のように語られることもある満州映画協会の理事・甘粕は、この作品でも特異な輝きを放っている。第二次世界大戦前夜というカオスの時代に暗躍する姿は、まさにダークヒーローと認められるだろう。突如挿入される、東尋坊で甘粕が出会う赤く塗られた顔の女のメタファーは、川島芳子か、李香蘭、はたまた伊藤野枝なのか? そんな勝手な空想も楽しみながら、大日本帝國軍人の狂気と官能を主題にしたいのは日本人だけではないのだ、ということを知った。
死者たち
AUTHOR クリスティアン・クラハト
TRANSLATOR 髙田 梓
PUBLISHER 河出書房新社
クリスティアン・クラハト 1966年スイス生まれ。作家、脚本家。1995年『ファーザーラント』でデビュー。再統一後のドイツをめぐる旅を描いたこの作品は、新たな世代の作家の登場として大きな話題を呼び、1990年代ドイツ語圏文学の代表的作品となる。その後、数多くの小説および旅行記を発表し、『帝国』(2012年)により、ヴィルヘルム・ラーベ文学賞、『死者たち』(2016年)により、ヘルマン・ヘッセ文学賞、スイス書籍賞受賞。ほかに、フラウケ・フィンスターヴァルダー監督による『フィンスターワールド』(2013年)、『エリザベートと私』(2023年)などの映画脚本も手がける。著作は30カ国以上で翻訳され、同時代作家としては異例なほどに研究も進められている。
たかだ あずさ 1986年東京都生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。ドイツ学術交流会奨学金により、テュービンゲン大学大学院に留学。現在、千葉大学大学院人文科学研究院助教を務める。専門はドイツ語圏現代文学。
Photography_TORU OSHIMA.
Text_TORU UKON(Righters).