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MOVIE
Aug 15, 2022
By THEM MAGAZINE

ないものねだりの子守唄 Vol.05 山根成之の青春映画

197o年代中期に公開された山根監督の3本の傑作青春映画

山根成之の青春映画が好きだ。

特に1970年代中期に公開された秋吉久美子が出演している作品が、飛び抜けて好きだ。昔、テレビのディレクターとジョン・ヒューズと山根成之、どっちの青春映画が優れているかで、取っ組み合いの喧嘩になりそうになったほどだ。ジョン・ヒューズは『ブレックファースト・クラブ』(85年)『フェリスはある朝突然に』(86年)を監督し、『プリティ・イン・ピンク』(86年)の脚本を手がけたハイスクール・ムービーのスペシャリスト。80年代中期に次々とヒットを飛ばしたので、喧嘩相手となったディレクターのように、影響された者も少ないくない。

しかし! ジョン・ヒューズの10年前に、この日本で、眩いばかりの光と、絶望的な暗闇を描いた青春映画の俊英がいたのだ。それが山根成之だ。

日本の青春映画といえば、季節は夏、がお約束だ。

それは、山根成之より5年ほど早く、青春映画をヒットさせた藤田敏八監督の『八月の濡れた砂』(71年)の影響が強い。

 

映画もさることながら、石川セリの歌う主題歌の印象が、50年経った今も、夏が来るたびに強烈に蘇る

石川セリと湘南の海から5年。

松竹の山根成之が描いたのは、人気絶頂のアイドル郷ひろみと、70年代のセックスシンボル秋吉久美子のゴールデンコンビによる悲恋だ。『さらば夏の光よ』(76年)はキラキラした海が登場するわけではないが、10代のギラギラした情熱がスクリーンから伝わってきて、その熱量の分だけ、哀しみも深い。刑務所帰りの郷ひろみは坊主頭、とまでは事務所が許さなかったのか、それでも自慢のクリクリヘアーを短く刈り込んでの熱演。セクシーでありながら、凛とした美しさを讃える秋吉久美子とともに、ささくれだった心を抱える同世代の少年の柔らかい部分をぎゅっと優しく握った。

 

夏というよりも、冬のイメージが強かった青春映画。秋吉久美子が悲しいほど美しい。原作は遠藤周作。

それから半年もしないうちに山根が放った青春映画が『パーマネント・ブルー/真夏の恋』。これは『八月の濡れた砂』の瀬戸内海版とも言える青春映画で、キラキラした海が痛いほど登場する。学生運動に夢破れた女子大生と地元の高校生の切ない恋を描いた作品で、これも大人になるための出口が見えない少年たちの心を激しく揺さぶった。年上の女子大生を秋吉久美子が演じた。(東京の大学に行けば、彼女のような女子大生がわんさかいて、エッチし放題だと、地方の学生は信じたものだった)。ガキから大人になるためにもがく少年を佐藤祐介が演じた。ぎこちなく不器用な演技が、これまた同時代を生きる高校生(俺は当時浪人生だったが)の共感を呼んだ。

青春とは、一瞬の夏の光。昔からお馴染みの陳腐なメタファーなのだが、やはり共感してしまう。脚本はジェームス三木と石森史郎。

山根成之がジョン・ヒューズよりも優れていることを示すにはこの2本で十分なのだが、さらに翌年に公開された郷ひろみ×秋吉久美子のゴールデンコンビの作品を加えて、自分の中では「山根青春3部作」が完結する。

『突然、嵐のように』では、若さ故の傷がより深くなる。山根映画の真髄は光と影のコントラストが絶妙で、そこに涙を誘い、切なさ、やるせなさ、理不尽さを感じて、それに対する反骨心が若さの原動力となっていたような気がする。文句言っていても仕方がないから(大学で久美子とヤルためには)勉強して、大学に合格しないと……。早稲田松竹で山根映画の3本立てを観た受験生は、帰り道にそう思ったに違いない。あの、胃液が上がってくるような酸っぱい想い。すっかり(ズル向けの)大人になった人々にたまらなく、懐かしい。もちろん、あの頃になんて戻りたくないけれど、あの心情だけは、おそらく今は無くしてしまったに違いない。

 

ちょっと大人になった郷ひろみは、ワルの部分が増し、秋吉久美子は色っぽさが増した。

さて、山根青春3部作だが、今では残念ながら観ることは難しい。

松竹はなぜかDVD化せず、彼の青春映画で観られるのは『愛と誠』シリーズのみ。こちらは少年マガジンで連載された劇画の映画化だが、自分はあまりお勧め致しません。

VHSなどを駆使して、3部作の一本でも観られる方は、幸せだが、残り2本観れないのはやはり不幸の入り口に入ったようなものかもしれない。最後は無責任な発言で申し訳ありません。

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