Jan 09, 2025
By TORU UKON (Editor in Chief)
Memory of A Day
Vol_001 1973年春のアービンシャツ
洋服にはストーリーがある。
それが生まれてきた背景。それが流行った時代。それを着る人のこだわり。
洋服はもちろん、洋服にまつわるストーリーが、大好きだ。
だから、何十年も洋服と向き合ってこられたのだと思う。
これは、私が愛した洋服の思い出話です。
高校デビュー。
中学までの自分からイメージチェンジを図ったり、行動がガラリと(派手に、目立つように)変化したりすること。そんな意味で使われる。
僕は高校に入学すると同時に、ファッションに目覚めた。ファッションというのはいささか大袈裟、早い話が「アイビー」に目覚めたのである。中学生までは自分が着る服なんて、どうでもよかった。1日のほとんどは学生服だったし、放課後だって北海道の貧しい漁師町じゃ、めかしこんで服を着ていく場所もない。
それが、高校に入学し、苫小牧という、ちょっとした街に通うようになってから、服のことばかり考えるようになった。苫小牧の高校生たちの着ている服がとてもカッコ良かったからである。明らかに中学の自分たちとは違った格好をしている。「あれは、アイビーっていうんだ」と先輩が教えてくれた。「アイビーってなに?」と訪ねると、先輩は「詳しいことは『メンズクラブ』に書いてある」と言う。それからは、授業が終わると毎日本屋さんに通って『メンズクラブ 増刊 アイビー特集号 第一集』『同、第二集』(旧・婦人画報社)を読んだ、読みまくった。もちろん立ち読みだ。最初から最後の1ページに至るまで隈無く読んだ。1時間半ほどかかった。昨日読んだ『メンズクラブ』を次の日も、また次の日も、その次の日も読む。いくら読んでも飽きない。「こりゃ、買った方がいいな」と覚悟を決めて購入する(最初から買っておけば良かった)。家に帰って、それをまた何度も繰り返し読む。学校の教科書よりも『メンズクラブ』を開いている時間の方が遥かに長かった。アイビーについて、とにかく勉強した(アイビーをマスターすれば、女の子にもモテるんじゃないか……と勝手に思い込んでいた)。
そして、遂に初めてのアイビーを着る日がきた。高校入学して1カ月あまり。ボタンダウンシャツを購入したのだ。《VAN》のブルーのギンガムチェックのボタンダウンシャツ。3800円くらいだったと思う。これが僕の、高校デビュー。
そのボタンダウンシャツは、胸ポケットにフラップがついて、背中のセンタープリーツの上にはロッカーループがついていた。襟のボタンは3点留め。これが、正しいボタンダウンシャツと信じた。このディテールの一つでも欠けているものは「偽物」だと決めつけた。「本物」のアイビーでなければ女の子にはモテない。胸にフラップポケットがない偽物じゃ、女の子は寄ってくるわけがない。
いや待てよ。フラップポケットって、本当はコンドームを隠すためにあるんじゃないの? モテる男のために作られたポケットなんじゃないの? 密かに、どぶろっくのような考えが浮かんだりもしていた。
高校一年の冬のころには、ボタンダウンシャツも5枚ほどになり、自分が目指したアイビーボーイのワードローブに少しずつ近づいていることが実感でき、それが最高に幸せだった(モテるのは、もうすぐのはずだった)。
大学生になって上京したら、とんでもないものを目にした。「Made in U.S.A」のボタンダウンシャツである。僕らはその当時、「Made in U.S.A」のインポート商品を「本物」と呼んでいた。国産の《VAN》が偽物というわけではないのだが、「Made in U.S.A」の前では、やはり数段見劣りした。《ギットマン》とか《セロ》といったシャツだ。しかし、これらのボタンダウンシャツには、胸にフラップがない。襟も3点留めではなく、首の真後ろにボタンが見当たらないのだ。そして、ロッカーループもない。えっ? 本物なのに偽物? 僕は混乱した。なんだかアイビーに裏切られた気分になった。当時、フラップポケットやロッカーループのあるなしを気にする人がどれくらいいるのか、わからない。だが、僕にとっては大問題だった。その後で大ブームとなる《ポロ ラルフローレン》のボタンダウンシャツに至っては、胸ポケットすらない。
僕はだんだん、ボタンダウンシャツを着ることが少なくなっていった。
雑誌編集者になってしばらくしたころ、オンワード樫山が《J.PRESS》を買収し、ボタンダウンシャツを積極的にPRした。ここんちのボタンダウンシャツは、《VAN》と同じく、胸にフラップポケットがつき、襟は3点留め。ロッカーループもあった。それもそのはず、こちらがこのデザインの元祖だったのだ。《J.PRESS》の二代目であるアービン・プレスが1950年代にデザインした「アービンシャツ」である。コネチカット州ニューヘブンのイエール大学(ガチのアイビー校)内の敷地内にある《J.PRESS》の一号店で販売したところ、大ヒットし、それを《VAN》の社員が日本に持ち帰ってそっくり完コピしたようだ。「本物」はやはり「本物」だったのだ。(オンワード樫山によると、胸のフラップポケットは、ペンや手帳など学生の所持品を入れておくためのディテール、だそうだが……)
それを知って以来、僕はなるべく《J.PRESS》のアービンシャツを着るようにした。さすがに胸ポケットには何も入れなかったが、それでも胸にフラップがないと、どうにも寂しい。
2004年になると《ポロ ラルフローレン》から学生向けのライン《ラルフローレン ラグビー》というレーベルが誕生した。僕はニューヨーク出張の際、ユニバーシティプレイスにできたばかりのショップに行き、ここで初めてラルフ・ローレンが作った胸にフラップポケットのついた「アービンシャツ」を見た。ロッカーループはなかったが、大人買いした。その後、《ポロ》のメインラインでも「アービンシャツ」が登場。今でも古着屋さんで見つけるたびに購入している。なもんで、家にはアービンシャツが20枚以上ある。
アイビーはバックスタイルで決まる。
ボタンダウンシャツは首の真後ろのボタンとロッカーループ。そしてボトムスはバックストラップ(尾錠)がなければならない。
しかし、50歳を過ぎたあたりから、この格好をすると、どうにも「コスプレ感」が漂いはじめた。アイビーはアメリカの大学生の間で流行ったスタイルだから、やはり若者が似合う。髪の毛が白くなったおじさんには不釣り合いなのかもしれない。それでも、高校一年の時「俺は一生、アイビーを貫く」と自分自身で誓ったことを、ずっと忘れずにいるので、たまにアービンシャツとバックストラップを合わせることがある。誰もそんなディテールに注目していないので、「もう、若作りしちゃって」と突っ込まれることもない。でも、きっと高一のころのほうが似合っていただろう。
そういえば、女の子にもモテると信じていたアイビーだが、全然モテなかった。もちろん、今アイビーをしていても全然モテない。今さらモテても仕方ないし、モテたら、逆に怖い。
やっと気づき始めた。実は、ファッションとセックスの関係性って、そんなに近くない。