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FASHION
Apr 27, 2023
By THEM MAGAZINE

LE PALACE -CELINE HOMME WINTER 23 SHOW-

2023年2月10日、パリ9区。エディ・スリマンがクリエイティブ・ディレクターを務める《セリーヌ》のメンズコレクションが、彼と縁の深いナイトクラブ「LE PALACE」において開催された。前年12月8日、ロサンゼルスで開かれた《CELINE》 WINTER 23  COLLECTION「CELINE AT THE WILTERN」から続く、エディによる「インディーズの時代」への回帰が、60を超えるルックに、眩く、鮮烈に表現された。モデルはステージ衣装を纏ったミュージシャンのように、ランウェイを進んだ。その興奮もさめやらぬアフターパーティではザ・リバティーンズがかつての響きを再現。エディによる「愚直で、ピュアで、楽天的な、新しいインディーズの時代」は夜更けまで続いた。

 

エディ・スリマンによる《セリーヌ》のメンズコレクションは、2023年1月、パリのメンズファッション・ウィークの真っ最中に、あえて翌月2月に行うとアナウンスされた。唯我独尊。これに先立って行われたウィメンズのウインターコレクションもファッションウィークを無視して12月に、しかもロサンゼルスで開催。エディはファッションカレンダーをも書き換えようというのか。いや、もはやコロナ禍を過ぎて、ファッション界には既定路線というものがどんどん曖昧になってきている。メンズ、ウィメンズといったコレクションはもちろん、春夏、秋冬というシーズンの分類すらそのボーダーは失われつつある。ならば、エディはその前衛といえるのかもしれない。

ともかく、コロナ以前ではパリコレのメンズファッション・ウィーク最終日に開催されていた《セリーヌ》のショーは、いつもより2週間遅れて、パリを代表するナイトクラブ「LE PALACE」で行われることとなった。そこはエディにとって、縁の深い大切な場所。16歳ごろから足繁く通った青春時代を彩った場所であり、のちに、クチュリエになることを決意するきっかけになった場所であるという。2018年7月には彼の50歳のバースデーパーティがここで開かれた。もともと17世紀にシアター・ダンスホールとして建設された建物を、1978年にパリのナイトライフを活気づけたインプレサリオ(プロデューサー)であるFABRICE EMAERの手によって、ナイトクラブに変貌を遂げる。EMAERは建築家のPATRICK BERGERを起用し、アールデコ調のインテリアを刷新し、象徴的でモダンなネオンライトのシャンデリアを設置。GÉRARD GAROUSTEの絵画で飾られたセンターステージの壁をライトアップすることで、新たな空間に蘇らせることに成功した。1970年代の後半、ニューヨークの伝説的ナイトクラブの「STUDIO 54」と並び称され、世界中からセレブリティが集まった。イヴ・サンローラン、カール・ラガーフェルド、アンディ・ウォーホル、セルジュ・ゲンズブール、ミック・ジャガー、グレース・ジョーンズなどなど。毎夜繰り広げられる自由奔放なライブやパーティ、地下にある「LE PRIVILÉGE PRIVATE CLUB」での密やかな夜会は、時代の欲望を丸呑みしたであろう。

2月とは思えないほど、暖気に包まれたその日の夜は、モンマルトル通りの一部を通行止めにし、限定されたゲストのために、厳重な警備態勢が敷かれた。19時半から始められる予定のショーには、開演数十分前から、女優のカトリーヌ・ドヌーヴやジェーン・バーキンなどが着席。エディがあちこちのライブハウスで集めてきたモデルの「ツレ」たちからなる、かつての「ゼロ列目男子」はスタンディングとなっていたが、やはり、今回も少なからずショーを盛り上げる役を担っていた。そして、エディのミューズ的な存在であるブラックピンクのLISAが着席すると、いよいよショーがスタート!

CELINE HOMME WINTER 23 SWOW

スキニーなブラックレザーのパンツに、無数のスタッズを打ったライダースジャケットの「ダブルレザー」のコーディネイトがファーストルック。モデルはロン毛でカーリー、もちろん鋭角のサングラスをかけている。続いて、ラインストーンを全身につけた同じく「ダブルレザー」が続く。早くもエディのロックな世界が全開だ。黒のセットアップが続いた後、オーバーサイズの白いコートが登場。絶妙なアクセントとなっている。レザーのアイテムに交じって、イングリッシュツイードを用いたチェックのテーラードスーツやコート、また、一転してストリートっぽいスポーツジャケットやデニムのルックも。12月のロサンゼルスのショーを反転したように、ウィメンズも数体披露した。次々と現れるルックは、完全にロックでユース。エディ・スリマンの《セリーヌ》は不動だ。

今回のショーのインスピレーションソースと発表されたSuicideのAlan Vega(故人/写真下)とMartin Rev (ともに2004年撮影)。

「AGE OF INDIENESS」というテーマに貫かれて。

2001年から2011年にかけてニューヨークの音楽シーンを描いたオーラル・ヒストリー『ミート・ミー・イン・ザ・バスルーム』の著者であるリジー・グッドマンと、エディは対談をしている。2022年11月のことだ。それは、『ミート・ミー・イン・ザ・バスルーム』のドキュメンタリー映画としての公開と、《セリーヌ》のショーの近づくタイミングだった。その内容が《セリーヌ》から届けられた。そこにはエディ・スリマンのすべてのクリエイティビティ(モードはもちろん、写真などの活動も含めて)の根底に流れている「AGE OF INDIENESS(インディーズの時代)」というテーマが詳細に語られている。

多くのロックファンと同様に、エディも2001年秋にロンドンを中心に起こった「AGE OF INDIENESS」に多大な影響を受けている。ザ・リバティーンズを中心に、ジ・アザーズ、リトランズ、パディントンズなどのオルタナティブロックのバンドが台頭。それに続いて、ザ・レイクス、ブロック・パーティ、さらには、クラクソンズ、アークティック・モンキーズなどフレッシュなバンドが小さなライブハウスから自然発生的に生まれ、多くのファンを獲得。エディは彼らの「愚直で、ピュアで、楽天的なナイーブさ」に大いに刺激を受け、その時代のエネルギーが今、SNSなどによって時代を飛び越え再現されていると感じている。そのバイブをストレートにクリエイションに反映しようとした彼の命題が「AGE OF INDIENESS」なのだ。

LE PALACEでのメンズコレクションはもちろんのこと、約2カ月前にロサンゼルスで行われたウィメンズのショーでも「AGE OF INDIENESS」のテーマが貫かれていた。「CELINE AT THE WILTERN」と題されたウィメンズのウィンターコレクションは、ボブ・ディラン、ローリング・ストーンズ、ルー・リード、ソニック・ユースなどがパフォーマンスをしてきたロサンゼルスのランドマーク「ウィルターンシアター」で開催。ザ・ホワイト・ストライプスの「ハロー・オペレーター」が流れるランウェイを薄いスカーフ、スキニー・ジーンズ、ルーズフィットのスパンコールのガウンを着たサングラスのモデルが歩いた。アフターパーティーではイギー・ポップをはじめ、ザ・ストロークス、インターポールのライブパフォーマンスが披露された。

そのテーマを引き継いで開催されたLE PALACEでのメンズコレクションは、1977年にAlan VegaとMartin Revによって結成されたニューヨークのカルト的なプロト・パンクバンド、Suicideにインスパイアされたと発表。ショーのサウンドトラックは、Martin Revがこのショーのために作ったオリジナル曲。彼らのCBGBでのライブを彷彿させるような、ブラックレザーのパンツやスタッズやラインストーンでカスタマイズされたバイカー/レーサージャケットや起毛素材のスーツなど、1970年代のエレクトロクラッシュ/エレクトロニックロックのムードを纏ったピースがLE PALACEに甦る。

さらに、高級素材やパリのクチュールの技も随所に見られ、大きなレオパードやタイガーがプリントされたコートはカシミヤのシアリングで作られていたり、シャツなどに施された細かな刺繍はアトリエでの繊細なハンドワークによるもの。そこがエディ・スリマンの《セリーヌ》を十分に納得させられるところだ。

エディが「(ライブの)ステージにいる男性が、私のショーのランウェイを歩いてくれる男性です」と表現したように、61のルックを纏ったモデル(=ロックミュージシャン)たちが、《セリーヌ》オートパフューマリーコレクションの香水「ナイトクラビング」をつけて、フィナーレを行進した後は、いよいよ、「AGE OF INDIENESS」のライブレジェンド、ザ・リバティーンズの登場である。この日のために集まったゲストは、しばしショー会場からライブ会場への転換の間、数々のエピソードを生み出してきた地下にあるあの「LE PRIVILÉGE PRIVATE CLUB」へと向かった。

2月のアフターパーティではショートヘアにキャスケット姿だったザ・リバティーンズのカール・バラー(2005年撮影/写真左)。この写真より、ちょっとチャビーだったピート・ドハーティ(2004年撮影)。

ゲストたちがしばしのカクテルブレイクを過ごした後、LE PALACEは完全に「AGE OF INDIENESS」に包まれた。ザ・リバティーンズの4人が、ゆるゆるとステージに現れる。ピート・ドハーティも遅刻していない。ちょっと太めではあるが(それは想定内)、ちゃんとステージにギターを持って立ち、カール・バラーとハモっている。オールスタンディングとなった会場では、モッシュに続き、ダイブするものも現れた。だが、興奮しての危険な雰囲気ではなく、みんながハッピーでご機嫌なムードでライブが進む。2022年のサマソニで彼らを観られなかった日本からのゲストは、特に喜びもひとしおだ。ザ・リバティーンズはおよそ40分間演奏。拍手喝采の中、4人がハグしてライブを締めた。

エディ・スリマンが《ディオール オム》で、脚光を浴びた時代。スキニーのデニムパンツが世界中を席巻した時代。そして、ザ・リバティーンズがロンドンのインディーズシーンを牽引した時代。エディは、それをノスタルジーと感じているのではない。あれから20年経った今、あの時代のぶっきら棒な愚直さが求められていると、エディはリジー・グッドマンとの対談で語っている。「半アマチュア的感覚、スタイリッシュな無頓着さ」がザ・リバティーンズであり、それがTikTokなどによって時の隔たりを消して、「新しいジェネレーションを刺激している」。そして、それはエディ自身をも再認識させた。続いて彼は言った。「新しいインディーズの時代に関わっていくのは、ワクワクする。(中略)20年前を振り返り、愚直に自分を映し出し、それが今でも自分を形作っていることを認め、あの時代のすべてのありのままの新鮮なクラシックを愛しく思うことができる」

エディ・スリマン、ここにあり。それを爽快に感じさせるパリの2月の夜。「ナイトクラビング」を纏ったダブルレザーのロッカーたちは、どこまでもクールだった。2001年、ロンドンのカールとピートのように。

 

PHOTOGRAPHY BY HEDI SLIMANE

Text _ TORU UKON

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