Jun 21, 2018
By THEM MAGAZINE
【インタビュー】MOSES SUMNEY
比類なき聖なるシンガー・ソングライター
2018年 6月15日。東京・品川にある「品川キリスト教会」に、聖なる歌声が響き渡った。異色ともいえるロケーションでライブを行なったのは、LAを拠点に活動するシンガー・ソングライター、モーゼス・サムニーだ。バックミュージシャンを携えず、たった一人でステージに上がった彼は、ループサンプラーを駆使した厚みのある音で圧倒。観客の心を波のように揺さぶり続け、瞬く間にソールドアウトとなった公演はスタンディングオベーションの大喝采でその幕を閉じた。
2013年にジェイムス・ブレイクの曲「Lindisfarne」を多重録音でカバーし、SoundCloudでたちまち話題となったモーゼスは、2014年にデビューEP『Mid-City Island』、2016年にEP『Lamentations』を発表。そして2017年にデビューアルバム『アロマンティシズム』をリリースした。聴く人を聖なる領域に導くような、揺れて鳴り響く高い声。そしてさまざまなジャンルの音楽からの影響を感じさせつつも、その独自性が強く浮き出る荘厳なサウンドメイキング。まやかしや小手先ではない、彼のみが表現できる肉体的でエモーショナルな音楽が確かにある。キャリア初となるアジア公演として、堂々たるパフォーマンスを披露した東京公演の前日、モーゼスは自身の音楽について語ってくれた。
——モーゼスさんはどのような音楽を聴いて育ったのでしょうか?
10歳になるまでは、ポップやカントリーなどラジオから流れる音楽ばかりを聴いて育った。例えば、ガース・ブルックスみたいなね。もう少し歳をとると次第にポップミュージックにハマるようになって、デスティニーズ・チャイルドやアッシャーをよく聴いていたよ。16歳になるまでは、そういった大衆的な音楽しか聴いてこなかったけれど、10代後半に差し掛かるとフォークミュージックなどにも手を出し始めた。ホセ・ゴンザレスやスティービー・ワンダー、ニーナ・シモンとかだね。
——作曲を始めたのはいつごろだったのでしょうか?
12歳の頃かな。20歳になるまで楽器を演奏しなかったから、アカペラで歌うための曲を作っていた。ノートブックに曲を書き溜めて、メロディーは録音せず頭に記憶していたんだ。20歳を過ぎてからギターを弾き、歌を録音し始めたことで自分の音楽を発展させていった。大学では詩について学んでいたから、音楽の教育は一度も受けたことがないんだ。詩の勉強は、ソングライティングにもちろん役立っているね。
——さまざまなジャンルからの影響をあなたの音楽の随所に垣間見ることができますが、デビューアルバム『アロマンティシズム』にはゴスペルのような神々しい張り詰めた空気が一貫されていると思います。なぜこのような独自性のある音楽になったのでしょうか?
神々しいね……。確かに、楽曲を通してスピリチュアルな何かを感じさせたいと思うし、ボーカルもそのように聴こえるかもしれないね。でも、なぜこのスタイルにたどり着いたのかというと……何か大きなきっかけがあったわけじゃないから、分岐点は自分でもわからないんだ。天から降ってきたようなものでね(笑)。
——しかし、曲を書き始めた当初からその音楽スタイルだったわけではないでしょう?
まあね。最初はポップミュージックばかりを作っていたよ。俺は、ウエストライフ(アイルランドのボーイズバンド)みたいになりたかったんだ(笑) アメリカでいうイン・シンクみたいな。ポップやR&B、ポップロックだったものが、アルバムを作るときには別の何かに変わって……これは自分でも説明できないんだよ。
——『アロマンティシズム』には、サンダーキャットやラシャーン・カーターらジャズ・プレイヤーから、キングのパリス・ストローザーやミゲル・アトウッド・ファーガソンらR&B、ソウル、ヒップホップなど多彩なジャンルからミュージシャンが参加しています。どのような狙いがあってコラボレーションをオファーしたのでしょうか?
サンダーキャットに関しては、大好きなベースプレイヤーだからってだけ(笑) 今作では他にも多くコラボレーションしたが、そこに明確な制作意図があるというよりは、自分がいいと思う友人にオファーしたという感じなんだ。より音楽のレベルをあげようと突き詰めたとき、いい人が思いついたらメールを送ってみるという、とてもシンプルなプロセスで進行したんだよ。
——なるほど。自分のイメージに合う人を探すのではなく、親しい友人に声をかけて一緒に音を探して出来上がったアルバムなのですね。
そう。その方が簡単だろ(笑)。
——5月にリリースされた新EP『Make Out in My Car (Chameleon Suite)』では、『アロマンティシズム』に収録された曲「Make Out in My Car」のロングバージョンの他に、ジェイムス・ブレイクやアレックス・アイズリー、スフィアン・スティーヴンスによる同曲のリミックスを聴くことができます。この3名がリミックスすることになったきっかけは?
この曲は、アルバム内では間奏曲のようにとても短かったから(2分36秒)、尺を長くしたバージョンを作りたいと思っていた。そして同時に、まったく違うバージョンを作るというアイデアもあったんだ。一つのアートを変容させ、別の形で表現するという、ある種の実験のようなものだ。だから、あえて趣向の違うアーティストたちにリミックスを依頼してみたんだ。例えば、ジェイムス・ブレイクに依頼したのは、かつて彼とビートについて話しあったことを思い出したから。ジェイムスはダブでヘビーな素晴らしいビートを生み出す一方で、ピアノを使ったとても美しい音楽も作る。俺の音楽にはないビートが加わったらどうなるか試してみたくなったんだ。
——スフィアン・スティーヴンスの曲は、リミックスというより完全に違う曲ですよね。
そう(笑) スフィアンとは今年のオスカーで「Mystery of Love」(映画『君の名前で僕を呼んで』主題歌)を共演したんだ。この曲はとてもフォークだよね。だから「僕の曲もフォークっぽくしてくれないか」と彼に尋ねたら、「いいよ」って返事をくれたんだ。アレックス・アイズリーは、俺も彼女のアルバムを長らく聞いている素晴らしいシンガーだね。
——ご自身は三者によるリミックスを聴いてどう思われましたか?
とてもいいと思ったよ! それぞれが自身のテイストを俺の曲に持ち込んでくれた。これまでたくさんのミュージシャンとコラボレーションしてきたが、曲名に名前が入るフィーチャリングのような大々的な形でしたことはなかったんだ。『アロマンティシズム』では俺以外の誰も歌ってないしね。だけど今回、ついに実現できて嬉しいよ。
——これまで発表されたミュージックビデオは、いずれも曲の世界観を見事に反映した美しい映像となっています。「Quarrel」のビデオはAllie Avitalとあなたが共同ディレクターになっていますね。ミュージックビデオについて、どのようなこだわりがあるのでしょうか?
ヴィジュアルは音楽の延長線上にあると思っているから、凝ったものを作ろうとしているよ。俺の作る音楽は奇妙だが、『アロマンティシズム』では本当はもっと奇妙な音楽にしようとしていたんだ(笑) 結果としてそうはならなかったから、ビデオに奇妙な要素を入れることで補完したかった。だから「Quarrel」のビデオには死んだ馬、「Lonely World」には人魚が登場し、俺自身は溺れているというドラマティックな展開もある(笑) 俺は一貫したヴィジュアルの物語性や美学を作り上げることに興味があって、だからこそ「Quarrel」のビデオでは、初めて脚本家と共同ディレクターにチャレンジしたんだ。ほんと大変だったよ(笑)。
——では、同じく大事なヴィジュアル要素である、アルバム『アロマンティシズム』のカバーについて教えてください。
このカバーは、俺が幼少期の一部を過ごしたガーナで撮影し、ガーナの写真家Eric Gyamfiに撮ってもらったんだ。撮影地である廃墟と化した劇場は、街の中心部を車でロケハンしているときに偶然発見した。写真で俺が浮いているように見えるのは、Photoshopによる合成ではなくて、体の後ろで手を組んだ状態で実際にジャンプしているんだ。
——身体の背面で手を組んだポージングにはどのような意味がありますか?
特別な主張がありそうだけど、前もって決めていたわけじゃなく、たまたま現場で生まれたポージングなんだ。でも今となってはこのポージングに意味を見出すことはできるよ。俺はこのポーズに「団結」を感じることができる。誰かと手をつないでいるようにも見えるでしょ? また、自己を探求しているようにも、神に祈っているようにも見えるね。
——同じくヴィジュアル要素の一つである、ファッションについて伺わせてください。ファッションが好きとのことですが、普段はどのような服を着ていますか?
いつもオールブラックさ。ステージ上でも、普段の生活でもね。サングラスにはゴールドが入るけどね(笑) 俺はいつもクールな見た目でいたいと思っているよ。写真やビデオと同じように、一つのアートフォームとしてファッションが好きなんだ。ファッションには「私は誰なのか」を一瞬で他人に分からせることができる力がある。また、ファッションで音楽を語ることもできると思う。
——NYのブランド《エコーズ ラッタ》の2018S/Sショーでは、ランウェイミュージックを手がけていましたね。音楽とファッションにおけるアート間のコラボレーションとして、どのような体験だったのでしょうか?
素晴らしかったよ。ファッションウィークに参加したのは初めてだった。俺はスコアを組み立てて、パフォーマンスをプロデュースした。とてもエモーショナルな演奏になったと思うよ。ショーの後、俺の元に駆け寄って「号泣したわ」と言う人がいて、まさかファションショーで泣くことになるとは思っていなかったと思うね(笑)。
——そのショーの中で、“ディスコの女王”ドナ・サマーの名曲「I Feel Love」をカバーしていたのに驚きました。演奏された曲のチョイスはどのように行ったのでしょうか?
《エコーズ ラッタ》のデザイナー2人はディスコを演奏してほしかったみたいで、はじめにたくさんの曲の書かれたリストをくれたんだ。「この中のどれかをプレイしてくれたら嬉しいし、もちろんあなたの好きな曲もプレイしてね」ってね。だから俺はそのリストから、ローリン・ヒルの「Ex-Factor」、コクトー・ツインズの「Lorelei」、ドナ・サマーの「I Feel Love」をピックアップしたんだ。みんなが知っている「I Feel Love」のような曲と、「Lorelei」のようなあまり知られていない曲を自分のアレンジで一緒にプレイしたかったんだよ。
——自身のライブパフォーマンスでは、スタジオアルバムの根底に流れる静寂が躍動感を持って表現されて曲の違った一面が引き出されています。しかし、スタジオの音をライブで披露するのは難しかったのではないでしょうか?
確かに少し難しかったね。なぜなら、ライブでは音量を大きくして演奏する必要があるからね! ライブ活動を続ける中で経験値も上がってきたから、ライブでは変えなければいけない部分は少しずつわかってきたよ。
——日本でのライブ会場は「品川キリスト教会」ですが、教会のような特別な場所で演奏することについてどうお考えですか?
教会で歌うのが好きなんだ。今までフランスやオーストラリア、イングランド、アムステルダムなどさまざまな地の教会でプレイしてきた。神聖で崇敬、静寂といった要素が、結婚式や葬式などセレモニーのようでもある。東京公演でもそんな特別な場所で演奏することができて嬉しいよ。ライブが楽しみだね。
Edit_Ko Ueoka