Oct 30, 2025
By AccountRighters
Interview with ALEXANDRE CATON as LAZARE STUDIO
歴史のあるクラシックなデザインをベースに、モダンで洗練されたディティールや構造が魅力のフランス・リヨンを拠点とするアイウエアブランドの《ラザール・ステュディオ》。2020年にパリの展示会「Eyeloft Paris」でデビューしたこのブランドは、アイウエア業界で「ネオレトロ」という独自のコンセプトで製作を続けている。各パーツのデザイン、素材選び、技術部品の開発、独自の構造、表面処理などを全て自社チームで突き詰めるこだわりは、ブランド名を“studio”と呼んでいる事からも感じられる。そんな《ラザール・ステュディオ》のデザイナーを務めるアレキサンドル・カトンに話を聞いた。
アイウエアの展示会「SILMO」
学生時代から生物学、物理学、数学などの理系科目の勉強が得意だったというアレキサンドル。将来は建築家を夢見ていたが、家族や周りの友人たちは建築家の職をよく思っておらず、反対されてしまったそうだ。何か理系のことに関連する仕事に就きたいと思っていた彼に、国際的な眼鏡展示会の「SILMO(シルモ)」が衝撃を与えた。「SILMO」は1967年から続く伝統ある眼鏡の見本市で、毎年秋にパリで開催されるヨーロッパ最大級の眼鏡・光学機器の国際展示会。「1996年の光学の勉強を始めてすぐのころ、『もし将来オプティシャンになるなら、眼鏡の世界と光学の世界を見ておくべきだ』ということで仲間たちと『SILMO』に行くことになりました。そこにはすごくデザイン性があって、革新的なブランドだけを集めたような『Le Village(ル・ヴィラージュ)』という小さなブースが集まるエリアがあり、アラン・ミクリや《トラクション》のデザイナーといった人たちと実際に話すことができました。そこで目にしたデザインに対する情熱、技術的かつ伝統的な要素。こういった多面性を兼ね備えていたアイウエアに惚れ込んでしまったのです」。その後、卒業しすぐに眼鏡店(オプティシャン)のもとで働き始め、2003年に自分の店を持つ。
足で稼いで得た知識
2003年に開業したアレキサンドルの店「Entre-Vues(アントル・ヴュ)」のセレクトは、現行ブランドを買い付けるだけではなく、ヨーロッパやアメリカのヴィンテージを数多く展開するスタイルだった。しかし、当時の業界のトレンドは映画『マトリックス』の影響による近未来的なデザイン。ヴィンテージを集中的に扱う眼鏡店は異質であり、あっという間にユニークなスタイルを持つ店として有名になった(現在は別のオーナーに譲渡)。「私にメンターのような人はいません。自分の足で得た情報や、多くの眼鏡を観察することで知識をつけていきました。当時は古いお店から商品を仕入れるためにフランス中を旅していて、そこで出会う古い眼鏡店の店主や熟練の眼鏡技師たちは、本当に素晴らしいノウハウを持っていました。また工場にも足を運んで製造工程を学び、彼らが使っていた技術を理解するために本もたくさん読みました。《ルノア》創業者のゲルノット・リンドナーや《レスカ・ルネティエ》のジョエル・レスカからも多くのことを学びました。フランスでは長い間、専門的な学校がジュラ地方に一校だけだったためノウハウが体系化しきれておらず、今の若い技師が学校で学べていないことも少なくないと思います」。誰も立ち寄らないような、二代三代と続く古い眼鏡屋さんや工場を回ることで知識が増えていった。その後、2010年ごろから眼鏡業界で“レトロ”という言葉を見直す空気が広まり、さまざまなブランドが彼の知見に注目することになる。スタイルや構造についてのアドバイスを作り手から求められるようになり、2016年からいくつかのブランドに対してのコンサルティング業を開始。そして、2020年についに自身のブランド《ラザール・ステュディオ》を立ち上げる。
クラシックを更新する
《ラザール・ステュディオ》というブランドを象徴するキーワードとして「ネオレトロ」「侘び寂び」がある。この二つの言葉はブランドのスピリットの一部であるとアレキサンドルは語る。「『ネオレトロ』とはクラシックなシェイプを基盤に製作すること。20世紀以前あるいは20世紀の初頭でさえ、レンズは基本丸型でした。しかし20世紀、主にアメリカ人によって「P3シェイプ」「クアドラシェイプ(四角い形)」「オクタゴン(八角形)シェイプ」など、新たな形が生み出されました。そんな素晴らしい時代を経て私たちが今やるべきことは、それを続けることではありません。オリジナルのヴィンテージフレームの感触が好きで沢山売ってきましたが、ただそれをやっているだけでは先に進めない。伝統的なアイウエアを現代のプロダクトとして再解釈することが、私たちの目指すものです。そして『侘び寂び』は、旧来の眼鏡が持っていた剛性や、眼鏡に限らずヴィンテージ品が発する、時間の蓄積による美しさ。これらを愛する感覚です。古くはフレームを一つ買い、それを生涯着用する人もいました。つまり当時職人が使用した技術、部品、素材は、それが可能な仕組みになっていたということです。ですから私もこのブランドにおいては伝統的な素材を使用し、フレームを作る際の溶接や、金属部品の型取りの仕方も伝統的な手法を用いています」。しかしながら、ヒンジ可動部には摩耗防止にケブラー材のワッシャーを採用するなど、最先端の素材も組み合わせしている。アレキサンドルがキャリアのなかで得たヴィンテージの美学、伝統的な構造を基盤としながら、それをどう更新するかに《ラザール・ステュディオ》は注力している。
日本とフランスでの製造は必然
《ラザール・ステュディオ》は日本とフランスの2拠点で眼鏡を作っている。その理由は、そうすることでしかアレキサンドルが求める品質の眼鏡を作ることができないからだ。本ブランドのメタルフレームには、1960年代ごろまで一般的に採用されていた合金「洋白ばね材」を使用している。しかしチタンやステンレスに素材が置き換えられた昨今では、アレキサンドルが納得できる良質な「洋白ばね材」を製造する工場は日本にしかない。そしてそれを組み立てる接合技術を持った工場はフランスにしかないのだという。「眼鏡というのは共に生活するものであり、単なる物体ではありません。何度も調整できるように、柔らかく強靭である必要があります。その点『洋白ばね材』は本当に完璧な素材。時代とともに技術が失われ、日本は素材づくりを、フランスは組み上げの技術を現代にまで継承しました。そんな日本とフランスの優れた技術を組み合わせることで、ヴィンテージフレームのようなフィーリングが得られるのです」
メガネはバランス
アレキサンドル曰く、良い眼鏡はバランスが良い。「まず第一に快適であること。それには形状と重さのバランスが必要です。次に長く付き合っていきたい眼鏡でもあります。流行に左右されない伝統的なスタイルがあること。そして奇抜さではなく、異なるディテールのちょっとしたタッチ(モダンさ)があるということです。強すぎるものはだめ。軽すぎたり、重すぎたりするのもだめ。これら全ての要素の完璧なバランスが必要です」。アレキサンドルはファッション、建築や映画、旅行など多趣味な人物だが、関心のある眼鏡以外のことからデザインを取り入れることはないと語る。「もちろんデザインの感性は人生によって影響を受けています。しかし、真に私のデザインに影響を与えているのは人間の顔そのもの。解剖学的に適したバランスにできる限り近づけたい。オフィスのスタッフや知人など、できるだけ多くの異なる顔に試して、常にすべてのデザインを可能な限り多くの顔で試して、シェイプを調整し、デザイン、重さ、顔の形の間で良いバランスを見つけようとしています」
人が主役
時代とともに多様になっている眼鏡のあり方に対して、周りに対して進むべき道を見誤っているのではないかと思うこともあるという。「多くの人が一番になりたいと思い競走することは悪いことだと思いません。しかし、過去から学ばなかったのか、アイウエアというものが何なのかを忘れてしまったのか……。蓋を開けるとその競争は、快適ではないフレームや、最もクレイジーなフレームを目指す競争のように見える。私は業界にとってそれは良い道ではないと思います。なぜなら、そうすることで彼らは眼鏡の裏にいる人々を忘れてしまうからです。眼鏡は人々をより良く見せ、人々を高みに連れて行くためにあるべきです。人々の前に出るものではないと思う。使用者が眼鏡の陰に隠れるのではなく、人が主役であるべきです。それが、アイウエアにおけるこの時代の問題の一つだと感じます。ですから私は私で、我が道を生きたいと思っていますね」
日々探究
今後の展望について、「まだ伝えられない計画中のプランは色々あります。しかしはっきり言えるのは、職人達の腕を生かしたもの作りを継続しながら、常に改良を繰り返していくということです」と語るアレキサンドル。日々精度やディテールにおいて、さらに深く、先へ進もうと試み続けている。「フランスの人は直感的というか、独創性やデザインに注目する一方で、日本の方は私の追求している細かい部分をより理解した上で購入してくれていると思います。あまり目につかないような、ヒンジの間にある細かいワッシャー部材や、フレームに重ねてあるメッキなどですね。私はとにかくディテールに気を使う人間なので、そんな工夫や拘りを理解してくれる日本のマーケットでも活動することにやりがいを感じます。今後も私たちのクリエイションに注目してもらえると嬉しいです」
【問い合わせ】
グローブスペックス エージェント
TEL.03-5459-8326
アレキサンドル・カトン
1999年にオプティシャン(眼鏡技士)としてのキャリアを開始。2003年にヴィンテージを多く扱うメガネ店を開業し知識を深め、その後製造や眼鏡の歴史を教える講師を務めた。2016年からは様々なブランドでデザインコンサルタントとして活躍し、2020年に自身のアイウエアブランド《ラザール・ステュディオ》を立ち上げる。クラシックなデザインを基調としつつ、現代に通用する高品質、機能性、そして堅牢さを兼ね備えたアイウエアをコンセプトとし、日本の「侘び寂び」の思想からインスピレーションを得た独創的な金属表面処理を施した眼鏡も発表するなど、独自の世界観を持つ。