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CULTURE
Apr 04, 2023
By THEM MAGAZINE

「Favorite record」 Vol.01_PET SOUNDS RECORD

音楽といえば、データメディアに移り変わりストリーミングや、AI機能により自分好みにラインナップが随時更新される時代。

一昔前より手軽にたくさんの音楽が聴ける現代になったが、ショップに足を運び、同じアルバムを何回もループしていたころとは音楽との向き合い方が変わった人も多くいるはず。

レコードやカセットはデジタルデータに移り変わり衰退していたものの、2014年からインディーズバンドを筆頭にLPを発売するほどにレコードが再度注目を集めている。若い世代のギークアイテムとして根強く残っていた理由には、アナログ文化を支え独自のセレクトで発信し続けるレコード・ショップの存在があるからだ。

今こそ、レコード・ショップに足を運んで、自分の直感の赴くままにレコードを探してみよう。雑多に並んだレコード中に思いがけない出会いがあるかもしれない。

 

創業42年となる老舗

東京都品川区、武蔵小山は再開発された街並みに下町の雰囲気が残る街。

武蔵小山駅から徒歩1分ほどにある「ペット・サウンズ・レコード」は今年で創業42年となる老舗LP・CDショップだ。 店長である森勉さんはかつて働いていたレコード店から1981年に独立し、自身の好きなザ・ビーチ・ボーイズ(※1)のアルバム名から「ペット・サウンズ・レコード」と名付けこの土地にオープンした。

1966年にリリースされた『ペット・サウンズ』のアルバムジャケットの象徴的な緑と黄色が店先にも反映されており、お店のテーマカラーになっている。“古き良き街のCD・LPショップ”をコンセプトに新品のみを取り扱い、歌謡曲や演歌、アイドルなどのメジャーアーティストからインディーズのレーベルや、輸入盤のディストビリューターに至るまで細かくチェックし、スタッフ自身が良いと思った商品を取り揃えている。

取材当日、店内で流れていたのは今年グラミー賞を取ったギタリストでありシンガーのボニー・レイット(※2)の『Just Like That』のアルバムだった。

幅広いジャンルで老若男女問わないラインナップが地元民から愛される理由の一つである「ペット・サウンズ・レコード」では、どのようなレコードが売れ筋なのだろう。

「レコードでいうと、やはりシティ・ポップ系のレコードを若い方が買われること多いです。今のレコードを買う層っていうのは、ほとんどが20代から30代の若い世代なんですよね。その方々にとってシティ・ポップとか1970年代や80年代の音楽というのは、ある意味未知の音楽なのかもしれない。そこに魅力を見出して、買っていただいています」と教えてくれたのは今回取材と自身のお気に入りのレコードの紹介を引き受けていただいたスタッフの森陽馬さん。

森勉さんのご息子である陽馬さんは、父と行ったローラ・ニーロ(※3)のコンサートでの歌声に魅了されたことをきっかけに音楽に携われる職業に就きたいと考え、現在多種多様なニーズに合わせたCDLPを販売するとともに、アーティストに自らインタビューをしたフライヤーやコラムなどを手掛けている。そんな陽馬さんにレコードを愛する理由を伺うと、

「レコードじゃなくても身近に音楽を聴けるようになった今、レコードで音楽を聞くことが好きなのは、映画館で映画を見るような行為と一緒で“聴く”ための条件が発生するからです。より作った人の気持ちになって聴けるというのが一番大きい理由だと僕は思います。CDと違ってLPはジャケットも大きいので、デザインした人とアーティストの思いを多く感じ取れるような気がして、それを含めて手に取って楽しむことが出来る。やっぱり好きなアルバムはレコードで欲しくなってしまいます」と教えてくれた。

コロナで家にいる時間が増えたことでCDやレコード扱うECサイトが拡大してきている。お店に足を運ばなくても、好きなアーティストをネットで探せるようになった今、実店舗を持つ理由はなんだろうか。

「もちろん通販で手に入れる良さっていうのもあると思うのですが、音楽自体の素晴らしさって他の記憶と結び付いたりすることだと思います。うちに買いに来ていただいたときや、ここに来る途中で誰かに出会って何かの出来事が起こるかもしれない。その時に手に取ったCDやレコードに記憶が残っていたら嬉しいです。でも一番重要なのは“買うだけのお店ではなくて、好きな音楽についてお話が出来る場所”でありたいからです」

「ペット・サウンズ・レコード」では「今日のこの一曲」として、その日店でかけていた曲の中からおすすめを紹介するブログを毎日更新している。また商品であるレコードやCDにはおすすめメッセージが一つ一つ丁寧に貼られている。古いものから最新のアーティストまで常にアンテナを張り、お客さんに向けた紹介を欠かさない森陽馬さんにお気に入りのレコードを聞いてみた。

 

 

 

陽馬さんの “ジャケ買い”レコード

「マイクロスター(※4)というユニットの『シー・ガット・ザ・ブルース』というアルバムがあって、高瀬康一さんというグラフィックデザイナーがジャケットを製作したのですが、夕暮れのような雨上がりのような不思議な色のアルバムのジャケットがマイクロスターの世界観が見事に表現されていて気に入っています。歌詞カードには収録されている各10曲のジャケット的イメージ・イラストが描かれていて、曲を聴きながら、その歌の情景が目に浮かんでくるような気持ちになるのが素晴らしいです。ちなみに、このアーティストはご夫婦のユニットで、武蔵小山の近辺にお住まいになられています」

 

 

陽馬さんの最も好きなアルバム

人生の中でたくさん聞いたレコードは、僕の一番好きなアーティストでもあるニール・ヤング(※5)が、1970年に発表したアルバム「アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ」です。CDももちろん出ているのですが、本作の50周年記念盤がLPで2021年に発売されました。

1969年から70年の6月にかけて、彼が若くて才気溢れるときに作った作品で、一番好きなLPです。彼は現在77歳ですが、今でも楽曲制作や音楽活動を精力的に続ける生き方にリスぺクトする部分が多くあります」

 

「ザ・フー(※6)のギタリストであるピート・タウンゼントの言葉で、『ロックンロールは、別に俺たちを苦悩から解放してもくれないし逃避させてもくれない。 ただ、悩んだまま躍らせるんだ』というのがあって、要するに音楽は世界平和を解決しないかもしれないけどその人の悩みや意識を変えてくれるきっかけになるのだと彼は言っていると思うのですが、お店に来ていただく方がそういったお気に入りの音を見つける手助けができればいいと思ってお店に立っています。

好きなアーティストだけを聞くのも音楽の楽しみ方ですが、特に若い人はお店に足を運んでジャンルに捉われず手に取ってみて欲しいです。

直感で手に取ったレコードなら気に入らなくても聞いているうちに、もしくは何年かして再度聞いたら好きになるかもしれない。

僕は自分の“お気に入りの音=(ペット・サウンズ)”を探しつつ、お客さんの”ペット・サウンズ”を探す手助けができればいいと思っています」。時代ともに音楽の聴き方も変容する中、42年間レコードを発信し続けるお店の心得を陽馬さんは語ってくれた。

 

 

 

(※1)ザ・ビーチ・ボーイズ:1961年にカリフォルニア州ホーソーンで、ウィルソン兄弟と親戚のマイク・ラブを中心に結成されたロック・バンド。西海岸のサーフ・カルチャーをテーマとしたポップスを素晴らしいコーラス・ワークで歌いブレイク。マイク・ラブ&ブルース・ジョンストンによるビーチ・ボーイズは現在もライヴ活動を精力的に行っており、それとは別に、多くの楽曲を手掛けたブライアン・ウィルソンも自身のバンドを率いて活動を続けている。

 

(※2)ボニー・レイット:アメリカのギタリスト、シンガー・ソングライター。今年の第65回グラミー賞では年間最優秀楽曲賞を73歳にして受賞した。

 

(※3)ローラ・ニーロ: 1960年代からソングライターとして他アーティストへ楽曲提供し、シンガーとしても活躍したニューヨーク、ブロンクス出身の女性ミュージシャン。1994年に来日公演を行ったが、その3年後1997年にガンで逝去。享年49歳。

 

(※4)マイクロスター:1996年にデビューしたポップ・ユニット。2008年発表名作『microstar album』、2016年発表『She Got The Blues』がロングセラーを記録。2021年に新曲「日常のSwing」を7インチ・アナログ・レコードでリリースし、久々の新作アルバムが待たれる。

 

(※5)ニール・ヤング:1945年生まれ、カナダ・トロント出身のロック・ミュージシャン。2022年にクレイジー・ホースと組んだアルバム『ワールド・レコード』を発表。そのクレイジー・ホースの3人が曲を持ち寄り制作した2023年作品『All Roads Lead Home』にも参加しており、近年も精力的に活動中。

 

(※6)ザ・フー:1964年にデビューした、イギリスのロック・バンド。名ギタリストのピート・タウンゼントと、ヴォーカリストのロジャー・ダルトリーを中心に現在も活動中。

 

【問い合せ先】

ペット・サウンズ・レコード

住所:〒142-0062 東京都品川区小山3丁目273 ペットサウンズビル 1F

メールアドレス:smile@petsounds.co.jp

 

 

 

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