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Jul 28, 2026
By THEM MAGAZINE

JAPAN PRIDE番外編 MADE IN JAPAN CAMERA

日本カメラ博物館で辿る 日本カメラ100年の物語

Them magazine No.65の特集は「JAPAN PRIDE」。世界に誇る日本のものづくりを特集する本企画では、「JAPAN CAMERA」と題し、世界のデジタルカメラ市場で約9割のシェアを占めるとも言われる日本のカメラにフォーカスする。その歴史と魅力を紐解くべく、日本カメラ博物館を訪れ、日本カメラ博物館運営委員の市川泰憲さんに話を伺った。

1989年に開館した同館は、日本写真機検査協会(現日本カメラ財団)を前身とし、日本初の国産カメラから現代の最新デジタルカメラまで約2万点を所蔵する。常設展示「日本の歴史的カメラ」では、日本最初の試みや技術革新を生み出したモデル、市場で大きな影響を与えたモデルなど、歴史的カメラ審査委員会によって選定された約300点を展示している。

 

日本のカメラは“模倣”から始まった

館内に並ぶ黎明期のカメラをまず見渡すと、日本のカメラ産業が最初から世界をリードしていたわけではないことが伺える。19世紀末から第二次世界大戦まで、世界のカメラ市場を圧倒していたのはライカやコンタックスを擁するドイツだった。転機となったのが1935年に精機光学研究所(現キヤノン)から誕生した「ハンザ・キヤノン」である。ライカのコンパクトな設計思想と、コンタックスの高精度な距離計を融合し、さらにレンズやファインダーは日本光学工業株式会社(現ニコン)が担当。「単なるドイツ製品のコピー品ではなく、それぞれの優れた技術を組み合わせて新しいものをつくる。この発想が現在のキヤノンにもつながっているのでしょう」と市川さん。

右「チェリー手提暗函」日本初の国産量産カメラ、左「ハンザ・キャノン」

一方で模倣をベースにした当時でも、日本ならでの発想を感じさせる一台があった。1930年に東郷堂が発売した「トウゴーカメラ」だ。子供向けという、ユニークなコンセプトに加え、「白昼現像」という独創的な仕組みを採用し、写真文化が家庭へと広がっていく時代を象徴する存在となった。

さらに、館内で一際目を奪うのが戦闘機の射撃訓練で使われた「八九式活動写真銃改二」も展示されている。35mmカメラを組み込み、撮影した画像から照準を確認するために使われていたもので、日本の光学技術が軍事にも利用されていた歴史を物語る。

終戦後、日本メーカーは一眼レフ、システムカメラという新しい発想を打ち出し、ドイツが築いたレンジファインダーカメラ中心の時代を塗り替えていく。模倣から始まった日本のカメラは、独自の技術によって世界をリードする存在へと成長していった。

左「トウゴーカメラ」、右「八九式活動写真銃改二」

写真文化が日常へ

1960年代に入ると、カメラは一部の愛好家だけのものではなく、一般家庭へと急速に広がっていく。その象徴となったのが、「オリンパス ペン」や「リコーオートハーフ」といったハーフサイズカメラだ。一本のフィルムで通常の約2倍撮影できることから、フィルム代が高価だった時代に多くの家庭に広まった。「当時はピントを合わせ、露出を考えながら撮る。その手間も含めて写真の楽しさだったんです」

やがて海外旅行ブームが訪れると、コンパクトカメラはさらに進化する。コニカの「ビッグミニ」は最短撮影距離を約35センチまで縮め、席を立たずに料理や機内食を撮影できるようになった。市川さんは、「海外旅行へ行くと、機内食を撮る人が本当に多かったんです。今では当たり前ですが、その頃は“旅行の思い出を写真で残す”という新しい楽しみ方でした」と説明してくれた。

中央「オリンパスペン」
「リコーオートハーフ」
コニカ「ビッグミニ」

デジタル革命 そしてミラーレスへ

フィルムからデジタルへの移行は、日本のカメラ史におけるもう一つの転換点だ。月刊「写真工業」誌で編集長も担っていた市川さんが「初めて仕事で実際に使えると思ったデジタルカメラ」と振り返るのは、1998年発売のニコン「COOLPIX 900」だ。

「取材や記録にも十分耐えられる性能がありました。当時、雑誌の編集者だった私が、初めて仕事で持ち歩くようになったデジタルカメラです」さらに、2010年代にはソニーがミラー機構を取り除いたミラーレスカメラを本格展開。小型・軽量でありながら高画質を実現し、それまで一眼レフ市場を牽引してきたキヤノンやニコンも追随することで、新たな時代が切り拓かれた。

 

左ニコン「クールピクス 900」、右ミラーレスカメラ「ニコン Z f」

ローマの休日のライターカメラ

最後に市川さんが「個人的に好きな一台」として紹介してくれたのが、1951年に鈴木工学から発売された「エコー8」だった。一見するとZippoライター。しかし、蓋を開けるとファインダーが現れ、本格的な撮影ができるライター型カメラだ。発売当初は大きなヒットにはならなかったものの、映画『ローマの休日』にライター型カメラを思わせる小型カメラのスパイカメラが登場したことで注目を集め注文の問い合わせが殺到。その後は普及版の「カメラライト」も発売された。こうした遊び心あふれた製品もまた、日本のカメラづくりの魅力を物語っている。

「日本がこれからもカメラ産業のトップであり続ける保証はありません」

取材の最後、市川さんはそう静かに語った。日本カメラ博物館に並ぶ一台一台は、過去の名機であると同時に、挑戦を重ねてきた日本のものづくりの記録でもある。そして、その挑戦は今もなお続く。

「エコー8」

Text_RANNA SUGIYAMA(Righters).

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