Feb 14, 2025
By TORU UKON (Editor in Chief)
Memory of A Day Vol_03

Vol_03 2010年秋、《ヴェロニク ブランキーノ》のパンツ
「ベルボトムとブーツカットとフレアの違いはなんですか?」
そんな質問をされたことがある。はっきり言ってどれもそれほどの違いはない。シルエットが膝に向かってテーパードされ、膝から下が徐々に幅広くなったいくパンツを、ベルボトムとか、ブーツカットとか、フレアと言っている。ブランドの「言ったもん勝ち」みたいな定義である。
《リーバイス®︎》に限って言えば、517はブーツカット、646はベルボトム(カラーデニムには、フレア)と紙フラッシャーに記してあった。前者の方が膝へのテーパードがきつく、裾への広がりは少ない。
ベルボトムは1960年代の終わり頃、日本で流行したデニムパンツのシルエットで、デニムではなく主に化学繊維の同様のシルエットのパンツは、なぜかパンタロンと呼ばれていたようだ。いずれもシルエットの数値的な規定はない。一番裾幅が広いのがパンタロンで、この中でもっとも狭いのがブーツカット、という認識の方もいるだろうが、何度も言う。規定はない。
1970年代はこうした裾幅の広いパンツが世界のトレンドだった。もちろん日本でもテレビに出てくる芸能人はほとんど幅広いパンツ。当時は「ラッパズボン」などと言われた。
1970年代後半になると、さすがに裾幅の広いパンツは時代遅れで、アイビー派からは馬鹿にされるアイテムだった。しかし、上京して初めて知った。東京や大阪のサーファーやニュートラなど、当時の最先端のオシャレをしている人たちの間では、ブーツカットやフレアがもっともイケていたパンツだったのだ。1979年、裾幅の広いパンツを履くか、スリムフィットの細いパンツを履くか、で当時のシティボーイたちは、随分と悩んだようだ(と思うが、僕だけだったかもしれない)
時代は一気に2000年代のモードへと移るが、この時期、パンツのシルエットは思いっきり太いか、思いっきり細いかのどちらかであった。前者の代表が《ラフ シモンズ》で、後者がエディ・スリマン率いる《ディオール オム》。その中間の中途半端な太さのパンツで人気があったのが《マルタン マルジェラ》だった。僕はその中途半端な太さ(やや太めのストレート)を好んだ。
そんな中、1970年代のベルボトムともブーツカットともフレアとも言えるようなパンツを発表していたデザイナーがいた。ヴェロニク・ブランキーノである。《マルタン マルジェラ》よりも明らかにくびれがあって、裾広がり。1970年代の日本の芸能人が履いていたようなパンツだ。スタイリストの野口強さんは「野口五郎パンツ」と呼んでいたが、言い得て妙。ストライプの入ったネイビーやブラウンのパンツはまさにそんな感じのパンツだった。
2003-04年A/Wからメンズラインをスタートした《ヴェロニク ブランキーノ》は、当時パリでショーを開催することもあったが、ほとんが展示会でコレクションを発表していた。僕も野口さんと一緒によく展示会に伺ったが、そこではなんと! パーソナルオーダーが可能だった。当時の日本のディストリビューターやPRの方のご尽力だろう。日本のプロパーで買うよりもお得だったので、展示会を視察するよりも、自分の買い物がメインとなっていた。そこでフレアのウールのパンツを試着していたら、背の高い美人が、僕の後ろに立っていた。ヴェロニク本人である。僕の鏡に映ったフレアのパンツ姿を見て、サムアップ&ウインクをしてくれたのだ。あんな美人にそんなことされたら……。
「惚れてまうやろー!」

ヴェロニクは、一時期、ラフ・シモンズのショーにもモデルとしてランウェイを歩いたほど、スタイルもよく美しいデザイナー。ラフの恋人という噂もあったが、僕はそれを耳にするたびに、ちょっと嫌な気分になった。まさか嫉妬ではないが、そんな話は、なんだか聞きたくなかった。
《ベロニク ブランキーノ》は2009年にブランド休止を発表。2010年A/Wのコレクションが最後となった。この前後に僕は展示会で(ヴェロニクに褒められたくて、という浮ついた気持ちでは、決してなく)何度か個人オーダーした。やはり1970年代のサンローランの着ていたウエストシェイプが効いて、ラペルの狭く着丈の長いジャケットも買ったりした。タイトめな墨黒のN-3Bは野口さんがオーダーしたあと、こっそり真似っこしたのだが、東京の飲み会で被ってしまい、脱いで二次会へと移動したことも覚えている。

ヴェロニク自身はその後復活したりもしたが、彼女がメンズのコレクションを発表することはなかった。今、《ヴェロニク ブランキーノ》の服は、アーカイブショップなどで静かな人気となっているそうだ。僕ももう一度着てみたいが、もうお爺さん体型になった今じゃ、フレアのパンツは似合わないだろう。なんて諦めていたら、先日テレビで野口五郎が今もフレアの「ラッパズボン」を履いて「私鉄沿線」を歌っていた。しかも、めっちゃ似合っていた。野口五郎は《ヴェロニク ブランキーノ》のパンツを持っていたのだろうか……。