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MOVIE
May 03, 2023
By THEM MAGAZINE

極私的映画コレクションVol.4 Movies Within A Movie —映画を題材にした名作3本—

カンヌに出品された映画愛溢れる映画

 

5月はカンヌ国際映画際のシーズン。思い浮かべるのは、晴天のコートダジュール。鮮やかなレッドカーペット。そして監督や俳優にたかれる眩いほどのフラッシュ—。
76回目の開催となる今回は、5月16日に開幕。日本からは是枝裕和が監督、坂本龍一が音楽を手がけた『怪物』が“コンペティション”部門に出品されている。そのほか、ヴィム・ヴェンダースが監督し、役所広司が主演する『PERFECT DAYS』、ロマン・コッポラが製作総指揮をとり、ウェス・アンダーソンが監督した『ASTEROID CITY』などの注目作も同部門にリストアップされている。
カンヌ・ウィークを前にGWを使って過去のカンヌ出品作を鑑賞しよう。数ある作品の中から“映画を題材にした映画”を極私的にセレクト。映画人の愛する映画にどっぷり浸かってみたい。

『ニューシネマパラダイス』(1988年 監督:ジョゼッぺ・トルナトーレ 出演:フィリップ・ノワレ、ジャック・ぺラン、サルヴァトーレ・カシオ、ほか、)

映画に人生を捧げてきた映画監督たるもの、自分が愛してやまない“映画そのもの”を描きたくなるのは至極当然のように思う。実際のところ『軽蔑』(1963年、ジャン=リュック・ゴダール監督)、『8 1/2』(1965年、フェデリコ・フェリーニ監督)、『映画に愛を込めて アメリカの夜』(1973年、フランソワ・トリュフォー監督)、『ことの次第』(1983年、ヴィム・ヴェンダース監督)、『ゼロヴィル』(2019年、ジェームズ・フランコ監督)、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年、クエンティン・タランティーノ監督)など多くの監督が 映画を題材に映画を作っている。その中でも、誰もが真っ先に思い浮かぶのが、カンヌのみならずアカデミー賞やゴールデングローブ賞など多くの映画賞を獲得した不朽の名作『ニューシネマパラダイス』(1988年  ジョゼッぺ・トルナトーレ監督)だろう。

ジョゼッぺ・トルナトーレ監督の人生と映画愛がそのまま凝縮された半自伝的作品ともいえる本作は、イタリアの美しい片田舎を舞台に、主人公トトの成長、そしてアルフレッドとの絆が緻密に描かれていて心温まる。エンリオ・モリコーネが手がけたサウンドトラックも映画をより感動的にしている。映画のラストにキスシーンだけを繋げたフィルムが上映される場面はトト同様、涙なしには観られない。
この『ニューシネマパラダイス』には “オリジナル版”(155分)、“短縮版”(123分)、そして“ディレクターズ・カット版”(173分)の3つのバージョンが存在する。というのも、イタリアで初めて公開された“オリジナル版”は、長かったことからあまりヒットしなかった。その後、監督自らの手で編集が行われ、“短縮版”が公開され世界的に大ヒットを記録。その後2002年には“ディレクターズ・カット版”が公開された。こちらが最も長尺であり“完全版”と謳われている。最近では、そこに4Kレストアニューリマスター版(124分)とHDデジタル・レストアマスター版(174分)のBlu-rayも加わる複雑さである。どのバージョンを観たらいいのか疑問を抱く人もいるだろう。尺による違いを端的にいうと、トトの恋愛シーンが多いか少ないかの違い。それゆえ、“短縮版”は“映画館”が物語の中心に据えられている。“ディレクターズ・カット版”は、恋愛含めトトの成長が主題と捉えられる。どのバージョンを鑑賞するかによって作品の印象が変わるのも面白い。個人的には、トトの成長をじっくりと描いていて、音質も画質も良いHDデジタル・レストアマスター版(174分)を推したい。

『イルマ・ヴェップ』(1996監督:オリヴィエ・アサイヤス 出演:マギー・チャン、ジャン=ピエール・レオー、ナタリー・リシャール、ほか、) この作品の後にオリヴィエ・アサイヤスとマギー・チャンは結婚した。

続く2本目は、カンヌ国際映画祭で“ある視点”部門に出品され、高い評価を得たオリヴィエ・アサイヤス監督による『イルマ・ヴェップ』。
もともとは3人の監督によるオムニバス映画の中の一つの話として企画が生まれたが、映画の企画自体が無期限の延長になったため脚本に手を加え一本の独立した映画になった。
トリュフォーやゴダール同様にカイエ(※1)出身のオリヴィエ・アサイヤス。彼は80年代初頭から、世界的にはまだ注目されていなかったアジア映画に着目し、香港や台湾のニューウェイヴをフランスに紹介するなど、筋金入りの映画オタクだった。そして、マギー・チャンの大ファンだった彼は、『イルマ・ヴェップ』の脚本を手に自ら香港に出向き、直接彼女に出演交渉を行ったという。
本作は、ルイ・フイヤード監督による実在のサイレント映画『吸血ギャング団』を中国人女優マギー・チャンを主演に迎えリメイクするというストーリー。パリに到着したマギーが撮影現場のドタバタに巻き込まれてゆくのだが、映画撮影の内幕を映画にするという点では、オルタナティヴな『映画に愛を込めて アメリカの夜』という言い方もできる。情緒不安定な映画監督という役でジャン=ピエール・レオーも出演している点を踏まえると尚更そのような言い方が妥当に思える。彼は『映画に愛を込めて アメリカの夜』で、わがままな俳優を演じたがために、実像と混同され、出演依頼が激減したという。そこにトリュフォーとの死別なども加わり、精神的に不安定な時期があった。そんな彼の姿がそのまま本作には投影されており、かなり強烈なインパクトを残している。そのほか、秘かにマギーに想いを寄せるスタイリスト役のナタリー・リシャールもいい味を出している。そして劇中で流れるソニックユースの曲も、映画にオルタナティブな息を吹き込んでいてカッコいい。
この作品の最大の見どころは、何と言ってもキャットウーマンのようなボディコンシャスな衣装に身を包んだマギー・チャンだろう。ボンテージスーツ姿でタバコを吹かしている彼女は最高にクールだ。彼女は、マルタン・マルジェラがデザイナーを務めていた《エルメス》の1998年秋冬コレクションにモデルとして登場した。また、『花様年華』(2000年 ウォン・カーワイ監督)ではウィリアム・チャンがデザインした1960年代の旗袍(チーパオ)を20着以上も華麗に着こなしていた。

6月からは、マギー・チャンの国内初の本格的な回顧上映が始まる。『イルマ・ヴェップ』がスクリーンで観られるのが嬉しい。

『イルマ・ヴェップ』は、2022年には、HBOとA24の製作によってドラマ化もされた。それもオリヴィエ・アサイヤス自身によるセルフリメイクで。現代的にアップデートされていてこれまた面白い。

ドラマ版『イルマ・ヴェップ』。映画ではラテックス素材だったボンテージスーツが、ドラマではヴェルヴェットにグレードアップ。
『ルクス・エテルナ 永遠の光(2019 監督:ギャスパー・ノエ 出演:シャルロット・ゲンズブール、ベアトリス・ダル、アビー・リー・カーショウ、ミカ・アルガナラズ、ポール・ハメリン、ステファニア・クリスティアン、ほか、) カール・ドライヤー監督作『怒りの日』に着想を得て、“魔女狩り”を描く撮影現場を舞台に、スリリングに話が展開される。ラストシーンはサングラス必須。

3本目は、第72回カンヌ国際映画祭のミッドナイトスクリーニングに出品され賛否両論を巻き起こしたギャスパー・ノエの『ルクス・エテルナ 永遠の光』。“映画界の異端”“現代のカルト映画の帝王”、そんな呼び名が相応しいと感じさせる問題作。プロデュースは《サンローラン》である。これはファッショニスタには、いやがおうにも期待値が上がる。わずか51分という短さだが、作品の好き嫌いは別として生涯忘れることのできない衝撃的な体験として記憶されるはずだ。さらに、映画の随所に彼が崇拝するカール・テオドア・ドライヤーやジャン=リュック・ゴダールの格言や作品の一部を引用し、ギャスパー・ノエなりの巨匠へのオマージュが感じられる。
特筆すべきは《サン ローラン》がプロデュースしているだけあり、シャルロット・ゲンズブール、ベアトリス・ダルはじめ、アビー・リー・カーショウ、ミカ・アルガナラズ、ポール・ハメリン、ステファニア・クリスティアンなど《サンローラン》お馴染みの女優とトップモデルたちが出演者に名を連ねている点である。もちろん出演者は全員《サンローラン》を着用。ギャスパー・ノエ特有のダークな世界観と《サンローラン》のエレガンスな衣装が実によくマッチし、まるで広告キャンペーンのようなスタイリッシュなヴィジュアルに仕上がっている。また、映画のセットを流れるように進むカメラワークは俳優の自然な演技と緊迫したスピード感を見事に捉えていて舞台を観ているような感覚に陥る。クライマックスに向けて徐々に高まる緊張感は圧巻。そして迎える奇想天外なラスト—。このカオスな映画はギャスパー・ノエにしか作れないだろう。

 

カイエ(※1)

カイエ・ドゥ・シネマはフランスの映画批評誌。トリュフォー、ゴダール、リヴェット、などヌーヴェル・ヴァーグの映画作家はみな、同誌の編集者だった。

 

 

 

Text_RINTARO SATO

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