Mar 14, 2025
By THEM MAGAZINE
Between “new” and “old”. ⎯⎯ヴィンテージスーツという選択肢 Vol.3 Northland Clothes

ネクタイを締める。かっちりとしたスーツに身を包む。企業戦士たちが仕事に向かう前の儀式にも見えたスーツの着方も、最近ではほとんど特別な機会に限られるようになった。ビジネスカジュアルが台頭する昨今、スーツは従来の“戦闘服”ではなくなり、ファッションのひとつとして日常に溶け込みつつある。そんな中、あえて「ヴィンテージスーツを着る」というこだわりに注目し、それを静かに、だが力強くプッシュするショップやテイラーを取材した。
30〜40年代の魅力を発信する「ノースランドクローズ」の場合

1930年代から1940年代を中心としたヴィンテージスーツを専門で取り扱うオンラインショップ「Northland Clothes(ノースランドクローズ)」。ここで取り扱われるスーツのほとんどは、大きく強調された肩幅とストイックに絞られたウエストが特徴的な「イングリッシュドレープ」という砂時計のようなシルエットを持つ。イギリスの《Moss Bros(モス)》や《AUSTIN REED(オースチン・リード)》、《DUNN(ダン)》などで仕立てられたビスポークのスーツやコートのほか、《Montague Burton(モンタギュー・バートン)》の既製スーツ、さらに、アメリカで仕立てられたビスポークスーツや《Richman Brothers(リッチマンブラザーズ)》などの既製スーツをラインナップしている。
普段着としてヴィンテージスーツを着用する店主の北郷真澄氏は、自身のスタイルを模索する中で、「大人に相応しい格好とは何か」と考えた時にスーツに辿り着いたと語る。そしてイングリッシュドレープのマスキュリンなシルエットに魅せられ、ヴィンテージスーツの魅力に目覚めたという。
北郷氏は、「スーツの魅力に目覚めたものの、きちんとしたスーツはどれも高価でなかなか手が出せないということもあり、中古のスーツに目を向けました。そこからスーツを買い始めたのですが、どれを着てもあまり納得のいく着こなしにはなりませんでした」と振り返る。そして、“中古の安いスーツ”からヴィンテージスーツに興味が移ったのは、氏の旧友、ヴィンテージコレクターであり富士東洋理髪店を営む理容師の阿部高大氏からの影響もあったという。
「私は背が高いということもあり、四角い作りのスーツを着ると、メリハリのなさから野暮ったく見えてしまう。どうにか格好良くスーツを着こなせないかと考えていた時、阿部くんからスーツのことを色々と教えてもらい、ヴィンテージスーツに出会いました。初めて買ったのはアメリカ製の40年代のもの。30〜40年代のスーツは胸のゆとりで胸板は厚く、反った肩線で肩幅は広く、絞ったウエストで体のラインを美しく見せてくれる。着た瞬間に理想的なシルエットを作ってくれるので、しっくりきました」。そこから氏は1930〜40年代のスーツの魅力にのめり込んでいった。
ヴィンテージスーツを販売し始めたのは10年ほど前。最初は自身のコレクションの中で着なくなったものを手放す形で始めたという。「試しに売ってみたら、思っていた以上に全国各地で買ってくれる人がいたんです。InstagramなどのSNSではあまり見かけない、隠れたヴィンテージスーツファンがたくさんいるんだなと実感しました」。北郷氏は自分が好きなスタイルを広めたいという気持ちを募らせ、約5年前に「ノースランドクローズ」として本格的にヴィンテージスーツの販売を開始した。
黄金時代のスーツ
北郷氏が魅力を感じ、広めたいと語る“黄金時代”のスーツは、混乱が巻き起こる第二次世界大戦下の時代の影響を受けるように、力強さを強調するシルエットが特徴。着丈は短く、ゴージ角は低めのものが多かった。また、シルエットや襟の作りの特徴が国ごとに出始めた1930年代のスーツをイギリス製とアメリカ製で比べると、イギリスの方がウエストの絞りが極端な傾向にあり、アメリカは比較的緩めに絞られている。

ボタンや襟については、イギリスではシングルのピークドラペルが主流。アメリカではダブルブレストが主流で、シングルの場合はノッチドラペルがスタンダードだったという。さらに北郷氏は、「アメリカのスーツは既製品でもかなり出来がよく、工場やブランドによって大きな差はありません。ユニオンメイド(米国の労働組合員によって作られたもの)のタグがついているものは全て均一に品質が良いです。逆に言うとイギリスは、既製スーツは《モンタギュー・バートン》以外のものは仕立てにばらつきがありますが、ビスポークスーツの出来は目を見張るものが多くあります」と語る。また英国において《モンタギュー・バートン》は、第二次世界大戦の終わりに復員した男性に支給された「デモブ・スーツ(Demob suit、復員スーツ)」の主要な供給会社としても知られ、一律に品質が良かったと言われている。
さらにボタンの意匠にも目を向けると、技術や流行から時代の流れを見ることができるという。「1930年代のスーツには、ナットボタン(ヤシの実の種から作られるボタン)がよく使われていて、木の年輪のような模様が特徴的です。それ以前は水牛のツノで作られたボタンが主流でした。1930年代後半になると樹脂製のボタンが採用され始め、普及していきます。そこからナットボタンの使用は徐々に減っていきましたが、ナットボタンは現代でも高級ボタンとして存在し続けています」。
また、当時のスーツ生地は、現代と比較すると格段に厚手で密度が高い。「当時は低速の織り機を使っていたため、今の生地とは密度が全く異なります。ストライプやチェックなどの柄は、現代のようにくっきりとしたものではなく、あえて沈ませるようなデザインが多い。遠目で見ると2色ほどにしか見えないですが、近くで見ると何色も使われていることがわかり、近付くほど奥深い表情が出ます」。その“距離で表情が変わる生地”も当時のスーツの大きな魅力だと北郷氏は語る。
“好き”を広めていく
「私にとってヴィンテージスーツは単なる服ではなく、ライフスタイルの一部です。普段から愛用しているので、どこかに出かけるときはもちろん、友人に会うときも着ています。今はスーツを日常的に着る人が減っていますが、だからこそ、ヴィンテージスーツの魅力を知ってもらいたい。“着なければならないからビジネススーツを着ている”という人にも魅力を知ってほしいです。クラシックなスタイルは格好良いだけでなく、流行に左右されない強さがあると思うんです」。
古いものには新しいものにはない歴史と味わいがある。北郷氏はその魅力をこれからも発信し続けていく。格好良く見せてくれるシルエットだけでなく、厚い生地と厚い歴史を持つ“理想のスーツ”を探しているならば、一度「ノースランドクローズ」のECサイトを訪れてみてほしい。
【店舗情報】
Northland Clothes
https://www.northland.tokyo/
@northland.tokyo