Feb 15, 2018
By THEM MAGAZINE
【インタビュー】ALMOSTBLACK (アーカイブ)
【インタビュー】ALMOSTBLACK (アーカイブ)
(2015/10/24発売のThem magazine No. 008 「OLD MAN RULES」に掲載されたアーティクルです。)
2015-16A/Wシーズンより始動した《オールモストブラック》。音楽やアートなどのカルチャーをバックグラウンドに、日本古来の美意識を融合させた新しく“強いもの”を目指したブランドのデビューは、今シーズンの大きな話題の一つとなった。デザイナーである中嶋峻太氏と川瀬正輝氏の言葉から、次世代のファッション・シーンを担う期待の新星のクリエイションに迫りたい。
「自分のブランドをやるなら、自国の素晴らしい文化も取り入れるべきだと思ったんです」——中嶋峻太
——《オールモストブラック》という言葉は、「褐色」という意味だそうですね?
川瀬「ブランドをつくる上では、オリジナリティを追求したいと思っていました。何を大事にするか考えたとき、自分たちが生まれ育った日本の文化を洋服に落とし込みたい。平安時代に武士たちが着た褐衣に使われていた『褐色』は縁起物でもあり、日本人のスピリットを表現しようとする思いを、この言葉に込めました」
——コンセプトに掲げている「ポストジャポニスム」とは?
川瀬「日本のものがヨーロッパで評価されたのを意味する『ジャポニスム』という言葉から、僕たち自身が影響を受けたカルチャーと、伝統文化といった日本特有の美意識をフラットに混ぜ合わせるという、折衷的な考えを表した造語です」
——このコンセプトは2人で考えたものなのですか?
川瀬「もともとはそれぞれでブランドを立ち上げようと思っていたんです。そんな話をしていたら、僕がやろうとしていたことと中嶋がやろうとしていたことがすごく近いことがわかったんです。好きなテイストなんかも同じで。そうして話を進めていくうち、一緒にやったほうがいいものができると確信したので、2人で《オールモストブラック》を立ち上げました」
——以前から2人は知り合いだったんですか?
中嶋「僕はずっと海外にいたんですが、帰国した後に働いた会社で知り合いました」
川瀬「老舗のアパレル企業なのですが、当時の上司が同じだったんです」
——コレクションには、パンクやニューウェーブなどの音楽カルチャーが強く見られます。
川瀬「僕が思春期を過ごした90年代にパンクリバイバルがあったんです。パンクカルチャーに大きな影響を受けました。地元の友人とバンドも組んで、ハードコアやメロコアなど、いろいろと通りました。自分たちが影響を受けてきた音楽やアートといったカルチャーが、ブランドのベースになっています」
——ファッションへの入りも、パンクですか?
川瀬「そうですね。やっぱり《セディショナリーズ》です。出身が岐阜なんですけど、名古屋に『アストアロボット』があったのでそこに通っていました。当時小牧あたりにはパンクスの兄ちゃん達がいたので……靴下にお金忍ばせて買いに行ってました(笑)」
——中嶋さんは海外にいたとのことですが。
中嶋「昔からアートが好きだったのでいろいろな作品を見ていたのですが、同じくらいファッションも好きでした。ある時テレビで《ラフ・シモンズ》のショーを観て。ストリートとモードをこんな風に融合させる人がいるんだ、と衝撃を受けたのを覚えています。その後もっといろんなアートを見たいと思ったのと、ファッションを仕事にしたかったので、本格的に学ぼうとパリへ留学しました」
——パリではどんな生活だったのですか?
中嶋「ひたすらギャラリーを回っていました。ビエンナーレとかも行きましたね。日本にいたときはいろんな洋服を着ていたんですけど、パリに行ってからアントワープ勢のモードの洗礼を強く受けました。《ラフ・シモンズ》はもちろん、《マルタン マルジェラ》、《ドリス ヴァン ノッテン》、《アン・ドゥムルメステール》とか。着るだけじゃなくて、彼らが使っていた生地で作品もつくっていました。アカデミーを卒業したデザイナーたちは学生に、過去のコレクションの生地も格安で売ってくれるんですよ。学生は普通、良質な生地なんて高くて買えませんから。先シーズンの象徴的なグラフィックのものまであって。使え、使えって(笑)。卒業制作にも使いました」
——卒業後もパリにいたのですか?
中嶋「ベルギーのあるデザイナーのもとで4シーズン働いていました。その方がすごくクリエイションに対して自由な姿勢を持った人で。例えば、インスピレーションになるような写真集があると(彼は)2冊買うんですよ。1冊は切り抜いて使っていました」
——写真集を直接切っていたんですか?
中嶋「そのままインスピレーションボードにはったり、色味もパントーンとか用意しないで切り取って。この色で、って(笑)」
——確かに自由ですね
中嶋「一つ心に強く残っていることがあって。ある日アドバイスを求められて、答えたら『昨日言ってたことと違うよね?』と。僕が言ったことを覚えていたんですけど、『でも今そう思ったのなら、正しいんだろうね。それがファッションだから』と言われたんです。すごく自由に向き合っていて、『それでいいんだ』と納得しましたね」
「見たり着たりする人の熱があがったり、エネルギーを感じてくれることを大事にしている」——川瀬正輝
——《オールモストブラック》でテーマになる日本のアートは、以前から馴染みのあるものだったんですか?
中嶋「海外で生活して、いろいろな国の文化に触れていると、逆に日本に興味を持つようになったんです。海外の方はみな自国の文化に誇りを持っているので。伝統工芸とか作品とか、また改めて勉強したいと思って、帰国してからいろいろと調べてみると、素晴らしい作品や作家がたくさんいることに気づいて。そこから、自分のブランドをやるなら、自国の素晴らしい文化も取り入れるべきだと思ったんです」
——デビューシーズンの2015-16A/W、そして次の2016S/Sでは、人間国宝である陶芸家の松井康成氏がインスピレーションソースとなっているようですが。
中嶋「もともと日本の陶器が好きで、いろいろな陶芸家の作品を見ていたときに知りました。デビューシーズンは、2人が慣れ親しんだカルチャーを盛り込んだコレクションにしたいと思っていたところで、松井氏が“練上手”という、異なった土を重ね合わせる手法を生涯にわたって探求していたことを知り、さまざまなカルチャーをコラージュする見せ方と、この“練上手”の方法論とがリンクしたので、“WAVE”と題した今季のインスピレーションの一つとして採用しました」
——そうして好きなカルチャーの数々をコラージュした、特徴的なグラフィックは2人で作っているのですか?
川瀬「グラフィックは、中嶋の奥さんが手掛けています。好きなテイストだけでなくパーソナルな部分も知っているので、僕たちが表現したいことを汲み取って、グラフィックに落とし込んでくれています。単に技術があるとか、著名な方にお願いしてつくるよりも説得力があるので」
——どのようなプロセスでデザインしているのですか?
中嶋「あらかじめテーマや要素を伝えて、あとは彼女に任せています。最初に上がったグラフィックを見たとき、自分たちの想像以上のものだったので、次のシーズンもお願いしました。2016S/Sでは具体的なものというよりはコレクションの雰囲気を中心に伝えました。ラリー・クラークの『KIDS』とか。6月にアントワープに行ったのですが、そこで撮った写真も使っています」
——今後もグラフィックはコレクションの一要素として、継続していくつもりですか?
中嶋「すごく大事にしているので(続けていきたいです)。今後はブランドが成長するにつれて、また違った形になることもあると思います。総柄なども作っていきたいので、表現の幅を広げていければ、と思っています」
——デビューシーズンとは思えないほど作り込んだルックブックも印象的でした。
川瀬「モデルがただ立っていて、服が見えるだけのものではなく、時間が経っても印象に残るような、世界観が伝わるものを作ったほうが自分たちらしいと考えました。シーズンが過ぎても取っておきたいと思ったり、振り返ってもらえるものにしようと心がけています」
——ファーストシーズンで、ブランドらしさが特に強く表現されているルックやアイテムを選ぶとしたらどれですか?
中嶋「ライダースコートのルックは、好きなテイストを詰め込んだので、自分たち影響を受けたカルチャーの部分がよく表れていると思います。松井氏の作品から着想を得たニットは、日本の美意識を表現するというコンセプトを落とし込んでいます」
——グラフィックやルック、アイテムそのものから「強さ」を意識しているように感じますが、《オールモストブラック》を着る人たちに対しても、求めていることはありますか?
中嶋「自分たちの作品に共感を覚えて良いと思ってもらえた方に、自由に着てもらえればよいと思っています」
——デビューからすでに強い世界観があり、また外からも注目されているなかで、今後どのようなブランドを目指していこうと思いますか?
川瀬「東京には既に、生地や縫製が素晴らしい“いい服”を作るブランドがたくさんあって、それはすごく重要なことだと思うんですが、自分たちが作るならそれだけじゃないもの。見たり着たりする人の熱があがったり、エネルギーを感じてくれることを大事にしているので、《オールモストブラック》では“ファッション”をつくっていければと思います」
中嶋峻太は1982年愛知県生まれ。エスモードパリを卒業後、コレクションブランドのデザイナーアシスタントや企画に携わる。川瀬正輝は1979年岐阜県生まれ。東京モード学園卒業。某企業でチーフデザイナーを経験。2015-16A/Wシーズンより、《オールモストブラック》をスタート。
Edit_Junichi Arai