Sep 19, 2018
By THEM MAGAZINE
【インタビュー】JACKIE SACCOCCIO “Unbearable Lightness” at THE CLUB
【インタビュー】JACKIE SACCOCCIO “Unbearable Lightness” at THE CLUB
アメリカの抽象画家、ジャッキー・サコッチオの個展「Unbearable Lightness——堪えがたいほどの光」が、GINZA SIXのアートギャラリー「THE CLUB」にて開催されている。
NYのメトロポリタン美術館やダラス美術館などにも収蔵されているジャッキーのペインティングは、圧倒的なスケールで形成される“スペース”が特徴だ。巨大なキャンバスに何層にも重ねられたレイヤーがペインティングの二次元性を打破し、観る者を混沌とした亜空間へと誘う。
作品のみならず、制作スタイルも驚くほどダイナミックだ。彼女は複数の巨大なキャンバスを用意し、“描く道具”として引きずるように擦り合せることで、偶発的な網目模様を生み出しているという。また、その動的かつ身体的な作業の一方で、ポスト・ルネサンス期のマニエリスムなど古典美術を研究・参照し、現代的にアップデートして取り入れるといった頭脳派とも言える側面もある。
意外にもアジア初となる記念すべき個展となった今展は、新作のペインティング11点と版画作品2点で構成されている。かつては、クリストファー・ウールのアシスタントを務めていた経歴もあるジャッキーに、彼女のこれまでの軌跡や独特の抽象表現のルーツ、版画作品への取り組みについて伺った。
——まず幼少期について教えてください。ジャッキーさんはどのような家庭で育ちましたか?
私はアメリカの郊外に住む中流階級の家庭で生まれました。とりわけアートと関わりのある幼少期を過ごしたわけではありません。アートへの関心が芽生えたきっかけといえば、近所に住んでいたある画家の存在が挙げられます。私の家は近くに海のある町にあり、彼はその海の景色を描いている画家でした。実は、もともと私はアートではなく建築を学んでいたのです。しかし途中で、私が興味を抱いているのは建築物そのものではなく“スペース”を作ることだと気づきました。そしてペインティングという技法で、私の想像のスペースを描き始めたのです。
——元々は風景画を描いていたとのことですが、どのように現在の抽象的作風に至ったのでしょうか?
特別なきっかけはなく、作風は徐々に変わっていきました。遠方の風景を眺めると、その間の海や山といった空間が互いに寄っていく感覚があり、それをクローズアップしていくと抽象的な表現が見えてくるのです。風景画を描くなかで、だんだんと物事の見方や空間の捉え方が変わっていったのですね。時を同じくし、2005年にアメリカンアカデミーのフェローシップとしてローマを訪れ、ルネサンス期の芸術を鑑賞する機会がありました。その時代の絵画における線の扱われ方は独特で、線そのものやレイヤーすらない場合もありました。それは私が描いていた方法とまったく異なるもので、私の物の見方を変え、よりペインティングに対して自由になることができました。ソル・ルウィットの作品にも出会い、彼のフラットなレイヤーの扱い方にも影響を受けました。そのように少しずつ抽象表現に移行したのです。
——さまざまなアーティストから影響を受けているのですね。以前はクリストファー・ウールのアシスタントを務めていたとのことですが、彼からはどのような影響を受けましたか?
1993~98年の6年間、クリストファー・ウールのスタジオでアシスタントを務めていました。彼のスタジオでは常に素晴らしい時間を過ごしましたが、中でも一番勉強になり影響を与えられたのは、彼自身の制作方法です。その時の彼はテキストペインティングを量産し、シルクスクリーンやスプレー作品も作りはじめていました。彼はただ一つの作品に没頭するのではなく、手法の異なるさまざまな作品を並行して作っていました。扱うキャンバスも巨大で、アクションも多くとても肉体的な作業です。現在の私も、ただ座って描くわけではなく、巨大なキャンバス同士を擦り合わせるダイナミックで動的な方法で作品を制作しています。その作り方には、ウールのスタジオで見た制作方法が少なからず影響しています。キャンバスを支持体ではなく、筆と同じ“描く道具”として使用する点もそうですね。また、ウールは一つのペインティングにアイデアをたくさん詰め込むことはせず、アイデアをいくつもの作品に振り分けています。そのようなことも学んだ6年間は、アーティストとしての私を形成したともいえます。
——ジャッキーさんの作品は何重にも及ぶレイヤーが特徴的だと思いますが、具体的にどれほどレイヤーが存在するのでしょうか?描き始めに、最終的な仕上がりは想像されるのでしょうか?
描き始めに絵の具をキャンバスに垂らすとき、最終的な仕上がりはまったく予想していません。私はスケッチで下書きをすることはありませんが、その代わりに、他のペインティング作品から受けた印象や方法論など学んだ事柄をノートにつけています。例えば今回出展している『Portrait』シリーズは、ノートに書き留めていたポスト・ルネサンスの美術であるマニエリスムの絵の具やニスの使い方を参照していました。絵の具の配合レシピも研究し、ニスやマイカなど特殊な具材も取り入れました。しかし、その手法をそのまま使うのではなく、現代風にアレンジして落とし込んでいます。例えば、ニスをペインティングの一部のみに塗り、鑑賞者が移動して眺める角度が変わることでニスの光沢により光の反射も変わり、異なる色に見えるようにしています。重ねるレイヤー数は作品によって大きく異なります。今展には、5、6層のものもあれば、50層に至るものもあります。レイヤーの数については、制作中には考えすぎないようにしていて、ペインティングが売れたときにやっと「ああ、これで正解だったんだ」と思いますね(笑)
——今展は『Place』と『Portrait』と名付けられた作品シリーズで構成されていますが、作品タイトルにはそれぞれどのような意味が込められているのでしょうか?
2011年あたりから『Portrait』シリーズを、2015年の終わりから『Place』シリーズを並行して描いています。まず『Portrait』では他のアーティストの作品をイメージしながら描くことが多く、例えばヘレン・フランケンサーラーやピエト・モンドリアンから着想を得ていますね。当初はコレッジョなどルネサンス時代のアーティストを参照していましたが、のちにはチャック・クローズなど、ポートレイトを描くコンテンポラリーな作家からもインスピレーションを得るようになりました。私の自伝的なシリーズとして制作している『Place』には、これまで居住してきた付近や訪れた場所、風景が関係しています。出展作の一つ『Place(Icebreaker)』は、私と夫がイタリアを訪れたときに見た、何層にも石が重なっている大理石採石場がモチーフです。『Place(Red Cherries)』は、私にとって思い出深い作品です。もともと作品が一つしか置けないような小さなスタジオをNYのハーレムに構えていましたが、2008年により広いスペースを求めてコネチカットに居を移しました。その新居にずっと存在する、サクランボの木について思いを巡らせて描いたのです。
——今展では2つの版画作品も展示されていますね。ペインティング作品とはまた違った趣がありますが、なぜ版画を制作するのでしょうか?
1983年ごろローマで版画を勉強したことはありましたが、以来やりたいと思ってもなかなか機会がなかったのです。しかし昨年、版画師ジェニファー・メルビーが「版画をやってみない?」と声をかけてくれました。絵画を作る中でも、版画というのはそれと切り離せないツールだと思っていましたが、プリントをする器具や手伝ってくれる人もいなかったので嬉しかったですね。彼女はエッチングに関して多くの方法を教えてくれ、またジャン・デュビュッフェなど他の作家の版画も紹介してくれました。デュビュッフェの銅版の削り方はとても大胆で、プレートに傷をつけるかのごとく、バイオレンスな力強さがあり興味深く思いました。私もその手法を試してみることで、自分の作品に取り入れようともしました。私のペインティングもいくつも層を重ねますが、版画も同様に層を重ねてプリントしています。その重ね方の違いが、新しいペインティングのインスピレーションにもなるのです。
——キュレーターとしての活動についてもお聞かせください。2008年に「Blue Balls」(2008, APF Lab)、2010年には「Collision」(2010-11,Rhode Island School of Design Museum of Art)の展示キュレーションを手がけていますね。キュレーションを行うことは、自身の作品にも影響を及ぼしますか?
2008年の「Blue Balls」は、ちょうど私がコネチカットにアトリエを移した時期と重なります。この展示で私は多くの作家を招致し、キュレーションのテーマは掲げるものの、作家には多くの自由が与えられていました。実験的な試みをしようと思って、作家同士がコラボレーションしてペイントする作品や、キャンバスではないものへのペイントなども行いました。とてもラジカルな企画だったので招待を断る作家もいましたが、基本的にはみんな賛同してくれましたね。「Blue Balls」と「Collision」には、ほぼ同じ作家が参加しています。例えば、マリリン・ミンターやクリストファー・ウール、ジェフリー・ギブソン、夫であるカール・ダルヴィアなどですね。フランクリン・エヴァンスと私は『Black wall』という壁に絵を描く試みを行いました。私はこの展示を仕掛ける中で、無秩序性やシミでさえも自身の作品に組み込んでしまう姿勢について学びました。これらの展示のキュレーションを手がけたことは、私にとってとても重要な出来事でした。
ジャッキー・サコッチオの個展は、11月10日まで開催中。無秩序な抽象が編成する光溢れる空間を目の当たりにしたい。
【展示情報】
「Unbearable Lightness——堪えがたいほどの光」
EXHIBITION PERIOD ~11月10日 (土)
PLACE THE CLUB (銀座蔦屋書店内)
ADDRESS 東京都中央区銀座6丁目10-1 GINZA SIX 6F
OPENING HOURS 11:00~19:00
TEL 03-3575-5605
URL theclub.tokyo
Edit_Ko Ueoka