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LIFESTYLE
Oct 13, 2023
By THEM MAGAZINE

「地元民に愛される喫茶店Vol.1 かうひぃや カファブンナ」

かつてはどんな街にも、地元の人が通う純喫茶があった。しかし、今は絶滅寸前。年季の入った建物の窓から見えるのは足繁く通う常連さんの姿。いかにも入りずらそうな純喫茶に意を決して入ってみると、長い間人々から愛される理由があったのだ。忙しい日々の中で、ホット一息つける喫茶店。誰もが秘密にしておきたい、人目を気にせずくつろげる、愛すべき名店喫茶を訪れてみた。

 

 

半世紀に渡って営み続ける名店「かうひぃや カファブンナ」

 六本木にある「かうひぃや カファブンナ」は、乃木坂駅から徒歩8分、六本木の首都高速3号線の表通りから路地裏に入ったビルの2階にひっそりとある。ビルが建てられた1972年から開業し、今年で51年となる老舗の純喫茶だ。

 

 取材で伺ったのは16時頃、店内にはカウンターに男性客が一人のみ。常連だろうその男性は、流れていた「A Summer Place」(映画『避暑地の出来事』の主題歌)をじっくり聞きながら目を閉じていた。BGMと湯の沸いたポットの音が聞こえる店内は、ここが六本木ということを忘れてしまうほど、穏やかでゆったりとした空間だ。

 

 年季の入った漆喰の壁とオレンジ色のランプの暖かい光に包まれている店内は、“ヨーロッパの避暑地”をイメージ。海外から仕入れたというカントリースタイルの家具と食器は開店当初から変わらない、今やヴィンテージものだ。カウンターにある黒電話も健在で、時折店内に鳴り響くベルの音が心地いい。

 お店を一人で切り盛りする店主の能勢さんは今年で87歳になる。ここ「かうひぃや カファブンナ」を30代の半ばで開業、始めた当初は珈琲の知識がなかったという。

「僕は修行してないんですよ、最初は珈琲に詳しい従業員に教わりました。というのも霞ヶ関のコーヒー専門店で飲んだ深煎りの珈琲に魅了されてね、フレンチローストの珈琲豆に出会ったきっかけでここを始めました。まさか自分が喫茶店をやるとは思っていなかったですよ」。以後50年間に渡って、常にその時の珈琲豆の性質と対話しながら、自分が求める最高の一杯を淹れ続けている。ドリップをする能勢さんの姿は、一挙一動目を見張るものがあった。

(メニューはラテン、アフリカ、キャメル三種のブレンドの他、豊富な豆の種類のストレート、砂糖入りのコーヒーエキスの上にフレッシュクリームをフロートした「琥珀の女王」や、ウィンナー、アイリッシュのバリエーションなどといった多種多様な珈琲を楽しめる)

 「かうひぃや カファブンナ」にはアイスコーヒーやアイスカフェラテというメニューはなく、カフェ グラッセ、オ・レ グラッセと表記している。

「アイスコーヒーは日本発祥なんです。僕が開店したころもまだアメリカやフランスでは冷たいコーヒーというものが一般的ではなかった。アイスコーヒーという和製英語をメニューにしたくなくて、フランス語の凍らせる、冷やすという意味の“グラッセ”という言葉から取って、カフェ グッラッセと名前をつけました」。現在はカフェ グラッセというメニューのある喫茶店は多い。もしかしたら元祖カフェ グラッセはここにあるのかもしれない。

(ブレンド:ラテン アフリカ キャメル 3種 ¥800)

お店の一押しメニューとして、「是非飲んでみてほしい」と淹れてくれたのは、ネルで丁寧に淹れるブレンド。

お店を始めるきっかけとなったフレンチローストの珈琲は、滑らかな口当たりかつ、コク深くどっしりとした味わいだった。

 

 

 店先の看板に書かれたキャッツコピーは寛げる雰囲気と珈琲と音楽。カウンターの横の棚にはCDが並んでおり、BGMへのこだわりが伺える。

「僕は昔から音楽が好きなのでBGMにはこだわりがあります。クラシックやフランスのシャンソンなどをかけますが、僕が特に素晴らしいと思うのは、20世紀前半のアメリカのポピュラーミュージック。曲を聞けばタイトルはもちろん、演奏者や歌手名、製作年がパッと頭に浮かびます。チャンスがあったら音楽の司会者として発表する場を夢みています」。そういって棚からヴィック・ダモーンとレイ・アンソニーのCDを取り出し、映画『The Uninvited』(呪いの家)の劇中歌「Stella by Starlight」を鼻歌まじりに解説してくれた。

 

 

アメリカンポピュラーミュージックが好きな能勢さんは、市場で手に入りづらくなった昔の音源を将来に残したいとのこと、お客さんが退いた合間を縫って棚にある大量のCDをMac Bookを使ってダヴィングしていた)

 「かうひぃや カファブンナ」では毎月第一水曜日に、“懐かしい映画音楽の会”というディスク・ジョッキーのイベントを開いている。アメリカンポピュラーミュージックをかけながら能勢さんが解説をし、お客さんと音楽の話に花を咲かせるそうだ。開催してからというもの150回を超えている。その度に曲名、演奏者、作詞作曲者、映画タイトルを手描きで描いたリストを用意。一文字でも失敗したら初めから書き直すほど、丁寧に書かれていた。

 

「ボールペンで書くから間違えたら最初からやり直しなんです。大変だからパソコンを使ってリストを作りたいんだけど、来てくれる人はこの手書きがいいって口を揃えて言う、だから手書きを続けています」

 

 来店する人の中には真っ先にカウンターに座り、能勢さんとの会話を楽しむ常連が多数。能勢さんが多趣味なこともあってか、カウンターでは、音楽や珈琲の話に限らずカメラや、ネクタイコレクションなど、様々な話題が繰り広げられている。長く通っていると能勢さんや他のお客さんとコミュニケーションが取れるカウンターが心地良いのだろうか。

「特に私が何も言わなくてもカウンターに座られる方は大体常連さんです。でも奥のテーブル席にこだわって、カウンターに来ない常連さんもいますよ。そうゆう方に“たまにはカウンターにいらっしゃいよ”と声をかけても、ここがいいですとか断られちゃって(笑)」能勢さんがこっそり教えてくれたのは、カウンターの奥の席にこだわる人は、BGMが一番良く聞こえる特等席だからだそうだ。

 コロナ下ではお店を長い間休業していた「かうひぃや カファブンナ」。それでもなお常連が絶えないのはくつろげる空間と美味しい珈琲があることはもちろん、能勢さんの気さくな人柄に惹きつけられる人も多いと感じる。

「ここの常連さんは近所に家があるから来てくれている訳じゃないんですよ。大体が電車に乗ってわざわざ足を運んで来てくれてる人です。でもうちは年齢が高い方が多いでしょ。コロナがあったことによって習慣や行動が変わっちゃったから、みえなくなったお客さんもいらっしゃいます」

 

 パンデミック後からはメニューを減らして営業を開始、今はケーキのメニューをお休みしているそう。スイーツの再開の目処はあるか伺うと、「今、ケーキメニューは休憩中です。でもまた再開する気持ちです。やっぱり出すとしたら日曜祭日かな」と嬉しい報告をしてくれた。三角形に切られたラズベリーのムースやババロアは、コク深いブレンドや能勢さんがクリームから泡立てるココアにぴったりだった。もし再開したら、是非トライしてほしい。

 日々目まぐるしい変化が起こる東京・六本木という街の中で、半世紀に渡って店を構え、多くの常連さんに愛される「かうひぃや カファブンナ」。常連さんや一見さん含め、誰もがゆったりと穏やかな時間を過ごしている。

「希望や目標はなんてないですよ(笑) 今の状態が続けられたらいい。でも“懐かしい映画音楽の会”に熱心な若い世代のお客さんが来てくれたら嬉しいなと思います。」愛すべきお店はいつもその時がベスト。変わらないでいてほしいと思うし、変わらない良さがある。

 

 ここカファブンナに来たら、スマートフォンを手放してほしい。何をする訳でもなく、ただ美味しい珈琲とぼーっと穏やかな空間を感じるのもよし。もし気が向いたら音楽に耳を傾けてみて、気になった音楽について能勢さんに声をかけてみるのもいい。足繁く通って、お気に入りの珈琲と、席を見つけてみてほしい。

 

 

【店舗情報】

住所: 106-0032 東京都港区六本木7丁目17−20 六本木 明泉ビル

営業時間:水曜定休

Tel: 03-3405-1937

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