May 15, 2026
By THEM MAGAZINE
COMING UP Vol.07_04 『試合/獰猛なる野生児 ボクシング小説集』by JACK LONDON
ボクサーという名の4つの人生
ジャック・ロンドンはマスキュリンな作家だ。ヘミングウェイやチャンドラーと作風は違うが、武骨でタフな男たちの物語を好む読者に愛され続けている。ロンドンは多くの日本人読者が知るよりも遥かに多作な作家なようで、彼のすべてがそのような作品ばかりだとは限らないかもしれない。犬を題材にした小説や柴田元幸の翻訳で人気となった『火を熾す』などでロンドンを好きになった読者ならば、このボクシング小説集は間違いなく期待を裏切らないだろう。
40歳を過ぎてからボクシングを始めたという訳者が新たに翻訳した本書は、さすがにファイティングシーンがリアルでテンポがいい。もともと簡潔なショートセンテンスで書かれたハードボイルドな文体なので、リズムよく読み進められるが、格闘の描写は思わず読み手までがウィービングしたり、ダッキングしてしまいそうなスピード感で引き込まれていく。4人のボクサーを描いた4つの短中編で、題材となる20世紀初頭のボクシングは現在とかなり異なっており(なんと、タイトルマッチは40ラウンド!)、スポーツというよりも賭博や見せ物の要素が濃い。それでも、戦術やテクニックなどは現在のボクシングスタイルとは大差がなく、猪突猛進のラフファイターである敵に対して、クレバーで冷静でテクニカルな主人公という構図も感情移入がしやすい。しかし、そこはロンドン。ストーリーはステレオタイプで終わらない。結末がいずれも切れ味鋭いアッパーカットのようだ。しかも確実にKOされる。ドロー(両者引き分け)のように煮え切らない、後味の悪さなど残さず、スパッと終わる。緊張して肩に力が入っていた読者は、そこでストンと息を吐き出すように本を閉じる。なんという清々しさ! ボクサーの人生は、常にハングリーで、敗者には残酷なまでに無慈悲だが、それでも闘う男たちがいる。100年以上前から、今日までも。そこには金や地位や名誉、さらには誇りだけでは語れない、殴り合うことが許された男たちだけが持つ本能があるのかもしれない。
ジャック・ロンドン 1876年カリフォルニア州サンフランシスコ生まれ。貧しい家庭に育ち、15歳のころ、牡蠣の密漁に関わるが、その後、アザラシ猟船の乗組員、発電所の石炭運搬員など、さまざまな職につき、各地を放浪する。1897年、クロンダイクのゴールドラッシュに参加するが壊血病にかかり帰郷。1903年、北方での見聞をもとに書いた『野性の叫び声』が大ヒットし、人気作家となる。以後、精力的に執筆し、『どん底の人々』『海の狼』『白い牙』なでを発表する。40歳で死去。
まきはら・かつし 1965年生まれ。東洋大学文学部哲学科卒業。出版編集者、翻訳者。編書に『新編 怪奇幻想の文学』全6巻(紀田順一郎・荒俣宏監修)。植草昌実名義の訳書に『死人街道』(ランズデール)、『予期せぬ結末』全3巻(井上雅彦編、共著)などがある。
Photography_TORU OSHIMA.
Text_TORU UKON(Righters).