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CULTURE
Jun 30, 2025
By THEM MAGAZINE

名画座へ行こう Vol.5 目黒シネマ

JR山手線「目黒駅」と聞くと、「『品川駅』は港区にあって、『目黒駅』は品川区にある」なんて、昔聞きかじった雑学を思い出す。そんな目黒駅の西口から徒歩3分。閑静な街並みの中にある目黒シネマは、1955年に前身「目黒ライオン座」「目黒金龍座」として看板を掲げて以来、映画とともに時を刻んできた。1975年に「目黒シネマ」としてリニューアルし、2025年に50周年を迎えたこの館は、当初から映画ファンもうなる編集の面白さが随一の魅力だ。

 

目黒シネマを“映画を浴びるように観る場所”と形容するのは、上映作品の編成を担う藤本昂太さん。目黒唯一の映画館でありながら、その存在は「懐かしさ」と「発見」を同時にくれる。映画ファンの心をつかんで離さない、目黒シネマを訪ねた。

 

 

劇場自体が“映画のアーカイヴ”

上映中・上映予定作品のチラシ。他のラックには他館で上映中の作品のチラシも配置されている。
当日券を購入できる券売機。1本立ての作品はウェブでチケットの予約購入が可能だ。
イベント前に書いてもらったという、樋口真嗣監督とイラストレーター開田裕治さんのサイン。

劇場は地下1階。ポスターやチラシが配された壁と踊り場を横目に見ながら階段を降りると、正面には券売機、左手には館内への扉が。館内に入るとすぐ目の前に登場する劇場扉は、過去に登壇した監督や俳優たちのサインで埋め尽くされ、目黒シネマが刻んできた歴史の厚みを感じさせる。

ロビーの展示。撮影時は『UKロック特集』のブラー、オアシスなどのディスコグラフィが展示されていた。
映写室へ繋がる事務所部分の階段に置かれたチラシ。「絶賛整理中」とのことで、大量のチラシが五十音順にまとめられている。

目黒シネマを訪れてまず驚かされるのが、膨大なコレクションの中から展示が変えられている、ロビーの「チラシ展示」。チラシの所蔵数は約2〜3万種にのぼり、上映ラインナップにあわせて選ばれたチラシやポスターが展示されている。

 

「1970年代より前のものは少ないのですが、配給会社や関係者の方、映画ファンの方々から譲っていただくことも多いんです」と語るのは、営業担当の朝倉枝里佳さん。上映が終わっても、記録として残り続けるアーカイヴ。膨大なコレクションとその展示が、この劇場を唯一無二の空間にしている。

2025年6月19日から3日間上映した「アラン・ドロン4K特集」に合わせて展示していた、アラン・ドロンのフィルモグラフィ。上映した『太陽がいっぱい』と『若者のすべて』(ともに1960年)以外に、『太陽はひとりぼっち』(1962年)、『山猫』『地下室のメロディー』(ともに1963年)、『パリは燃えているか』(1966年)、『冒険者たち』(1967年)のチラシを展示した。
山積みのポスターとチラシ。

平日夜は40〜50代のサラリーマンが多く通い、週末は10〜20代の学生や社会人などがこの場所に足を運ぶ。上映作品のラインナップや特集企画の編成は、編成担当の藤本さんを中心に、スタッフ全員で行っている。

 

藤本さんは「王道に立ち返ることも大事だと考え、最近では『UKロック特集』のように系統や監督でまとめた特集を企画することが増えてきました。ですが、2本立てでは“いろいろな作品を観てほしい”という気持ちから、王道から少し外した企画を組めるよう心がけています」と語る。そんな外しの妙が、目黒シネマのセレクトの醍醐味だ。

 

目黒シネマを存分に味わえる企画は、1枚の入場券で映画を2本鑑賞できる「いつも腹ペコ2本立て」と題した上映。例えば『ナミビアの砂漠』(2024年)と『フランシス・ハ』(2012年)の2本立ては、“わたしはわたしと生きていく”と名付けられた企画で、映写担当の柏原康乃さんが編成した。一見遠く思える2本が、観終えた後には不思議な共鳴を残す。「かけ離れているように思える作品同士を並べることで、新たな視点と共に驚きも提供したい」と藤本さんは話してくれた。

 

 

2025年7月のおすすめ上映作品

 

7月に上映される作品ラインナップから、おすすめの作品や特集を藤本さんと朝倉さんに聞いた(2025年6月30日時点)。

 

 

『スワロウテイル』

『スワロウテイル』 © 1996 SWALLOWTAIL PRODUCTION COMMITTEE

「特集 岩井俊二 四つの心象風景」では、『スワロウテイル』(1996年)がフィルム上映される。同作を目黒シネマで上映するのは約10年ぶりだそうで、今なお活躍する俳優陣の初々しさとともに、劇場内に響くCharaの歌声を楽しめる。「公開当時に青春時代を過ごした人々はあの頃に思いを馳せながら、フィルムの粒子感や質感を楽しんでほしい」と朝倉さん。同特集では『スワロウテイル』の他、『リリイ・シュシュのすべて』(2001年)、『Love Letter 4Kリマスター』(1995年)、『PiCNiC』(1996年)も上映。あの頃を知る人には再会を、知らない人には発見をくれる。

 

 

宮沢賢治特集

『銀河鉄道の夜』 © 朝日新聞社/テレビ朝日/KADOKAWA
『セロ弾きのゴーシュ』 ©︎オープロダクション

宮沢賢治の世界を描いたアニメーション2作、『銀河鉄道の夜』(1985年、杉井ギザブロー監督)と『セロ弾きのゴーシュ』(1982年、高畑勲監督)を上映。どちらもフィルム上映で、デジタルにはない色や温もり、セルのかすれ具合が心に直接届く。藤本さんが「夏の初めに、ゆったりとリラックスした時間を届けたい」と思って企画したそうだ。経年変化がもたらす色のにじみまでも作品の一部のように楽しめる。

 

 

目黒シネマ ライブドキュメンタリーフェスティバル

『映画:フィッシュマンズ』 ©2021 THE FISHMANS MOVIE
『Reframe THEATER EXPERIENCE with you』©2020“Reframe THEATER EXPERIENCE with you”Film Partners.

“フジロックに行けなかった人”へ向けた、音楽映画を集めた映画祭。ロックバンド、フィッシュマンズの軌跡を追った『映画:フィッシュマンズ』(2021年、手嶋悠貴監督)といった音楽ドキュメンタリーや、Perfumeが2019年に行ったLINE CUBE SHIBUYAのこけら落とし公演『Reframe2019』を映像化した『Reframe THEATER EXPERIENCE with you』(2020年、佐渡岳利監督)などのライブ映像を上映する。大画面で観るライブ映像とともに音を浴び、冷房を浴び、そして映画を浴びることができる。

 

 

終わらない映画の入り口

上映に使われている35mmフィルム用の映写機。ランプハウスには映画監督らのサインが書かれている。
ロビーで自由に読める映画関連本。持ち出しは厳禁。
5ポイント貯まると1回無料になるポイントカード。スタンプは作品に関連した手作りの消しゴムはんこを押してもらえる。
劇場内の座席表。もともと100席あったが、2024年4月のリニューアルで88席+車椅子スペース2席分に。「苦渋の決断」だったそうだが、広くゆったりとした座席で、より映画を楽しめる仕様にアップグレードされた。
リニューアルに際し、藤本さんが作成したカウンター。本棚を解体し再構築したという。カウンター上にはポストカードや缶バッジ、Tシャツやバケットハットといった、目黒シネマのオリジナルグッズが並べられている。

年間の上映本数は500本超。ジャンルにとらわれず、フィルムもデジタルも、名作も新作も、あらゆる作品が目黒シネマに集まってくる。編成の妙と、スタッフたちの“ちょっと外す”遊び心が織りなすラインナップは、映画の楽しさを改めて教えてくれる。この地下空間には、通った人の数だけの記憶が染みついているのだ。

 

50年の時を超えてもなお、多くの人にとって「映画館とは何か」を教えてくれるこの場所。昔観た映画を懐かしむ人も、今初めて映画を知る人も、等しく迎え入れてくれる懐の深さが、目黒シネマの魅力だ。思い出と発見の余白を残す場所。目黒といえば、やっぱりシネマである。

 

 

【問い合わせ先】
目黒シネマ
TEL. 03-3491-2557

 

【映画館詳細】
住所:〒141-0021 東京都品川区上大崎2-24-15 目黒西口ビルB1
一般:1600円
学生:1200円
シニア(60歳以上):1100円
小人(3歳〜小学生):1100円
1本立て上映:一律1400円 ※作品によって変動あり
ファーストデー(毎月1日):1100円
12/1(映画の日):1000円

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