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LIFESTYLE
Sep 24, 2026
By TORU UKON (Editor in Chief)

コンサバ爺のめし日記 Vol_03

2026年9月22日(火・国民の休日)「絆ラーメン」の「一三五」

自分にとってノスタルジーな味がある。北海道で子供のころに食べた「塩っぱい」醤油ラーメン。東京に来てしばらく経って、その味に出会ったのは、六本木のディスコの帰りに寄った「天鳳」。ご存知の方も多いだろうが、「めんばり」や「一三五」で有名なあのドラムカンスープの店である(現に店の前の通りには、赤茶のドラム缶が鎮座し、その土手っ腹に店名が記されている)。

以来40年近く、通ってきた。昼時に六本木で用事がある時は、ちょっと遠くても必ず寄った。もちろん目的は「一三五」一択。この「一三五」という謎な数字は、店内に貼ってある細かい注文を表したもので「一、麺かたく」「三、油こく」「五、味しょっぱく」の醤油ラーメンのことである。麺は北海道から取り寄せた中太のちぢれ麺。札幌・西山製麺が誇る黄色い卵麺。それにラードが多めで、スープは少なめの豚骨醤油(旭川が発祥らしい)が特徴。私が子供のころは、「札幌ラーメン」とか「旭川ラーメン」とかの区分が明確ではなく、おそらくこの「天鳳」のような豚骨醤油にラードが多めで、麺が硬めのちぢれ麺が主流だったように記憶している。それが自分にとっての懐かしのラーメンなのである。

「天鳳」は北海道で修行した大将が、六本木で開店した店と聞いている。大将は、いつも白髪の角刈りで、目がギョロッとした、東映ヤクザ映画に出てくるような顔つきで、湯切りをしていた。最近になって、この方が引退し、店は従業員の方が継いだようだ。角刈りの大将がいなくなっても、ちょくちょく食べに行っていたが、やはり、どこか味が違った気がしていた。

そんな時、スタイリスト野口強さんのアシスタントの藤木君が「右近さん、天鳳の直系の弟子が五反田に店出しましたよ」と教えてくれた。私は郷愁を求めて、五反田を目指した。(といっても住まいの目黒から、駅ひとつなのだが)

 

「天鳳」からすると、ちょっと店名に違和感を覚えるが、メニューはほぼ一緒だ

JR五反田駅から、徒歩10分ほど。途中かなりのB級グルメ激戦区を思わせる人気店を通り過ぎながら、懐かしの味を目指す。ちゃんと「一三五」はあるだろうか。ちょっと首筋に汗を滲ませながら、9月の真夏日の五反田を歩く。あった!「絆ラーメン」。ドラムカンものれんもないが、看板のメニューにある丼は「天鳳」と似ている。しかもスープや麺の写真も「天鳳」のそれに似ている看板の上にはサッポロラーメンと記されている。札幌でも旭川でもどっちでもよい。俺にとって懐かしの味ならば。麺が硬く、油が多く、味がしょっぱければ。

ここには「一三五」も「めんばり」の表記はない。心なしか、「天鳳」よりメニューが増えている気がする

食券を買う。食券の自販機の上に「一三五」も「めんばり」も選ぶことができると記されている。選ばないでか! カウンターに食券を差し出し、「一三五で!」とキッパリと告げる。カウンターの向こうは「天鳳」と同じ、アジア系の外国人。角刈り親父に叱られていた人と同一人物ではないような気がするが、雰囲気は「天鳳」の厨房を醸し出している。海苔とめしを追加した。「天鳳」ではランチでは、メシはサービスだったのだが、細かいことでケチってはいけない。あのしょっぱいスープにめしは欠かせないのだ。中には麺を食べ終わった後に、めしをダンクする強者も「天鳳」」ではよく見かけたほどだ。ネギは多め。これはサービスだった。めしとネギでプラマイゼロ?

すぐにめしが出てくる。これも「天鳳」と同じ。ちょっと量は多い。サービスではなく、100円取るからか? そしていよいよ待ちに待った「一三五」の登場。カタコトの日本語で「ヘイ、オマチ!」。ん? スープが少ない。これでいいのだ。「一三五」のスープは常に少なめ。だが、麺が、麺が、ううっ、それほど硬くないじゃないか〜! これじゃ、バイアグラを飲んでない60爺だよ〜(って俺かよ〜?)。スープのしょっぱさもイマイチの気がする。もっと愚骨に荒っぽいのが「一三五」じゃなかったのか? 妙にマイルドになっちゃって、まるで渡瀬恒彦の出てない『仁義なき戦い』みたいじゃないか。う〜ん、決して不味くはないのだが、角刈り親父のようなパンチがない。何だか、故郷の2、3駅前で停車したみたいで、懐かしさにも手が届かない。

猫パンチな「一三五」65点

角刈り親父の「一三五」は90点だった。

私の郷愁を呼び起こしてくれる「一三五」は、どこへ行ってしまったのだろうか? 五反田駅までの帰り道、残暑が一層厳しく感じられた。

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