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Editors Voice
Mar 13, 2025
By TORU UKON (Editor in Chief)

Memory of A Day Vol_05

Vol_05 1976年秋のコブラパンプス

 

「彼の黒いコードバンの靴は例によってきれいに磨き上げられ、その光を眩しく反射していた」

村上春樹の『1Q84』8(2009年)で、青豆のセキュリティであるタマルのことを表した一文。僕はこのセンテンスがとても好きだ。そう、コードバンはいつだってきれいに磨かれ、眩しく反射してほしい。僕は自分の持っているコードバンもそうありたいと願い、春のよく晴れた日に、まとめてコードバンの靴にワックスをかける。僕と同様、村上春樹もコードバンの靴が好きらしく、彼の小説では、よくコードバンの靴が登場する。しかし、彼のデビュー作『風の歌を聴け』(1979年)では、“コードヴァン”と表記されていた。それからしばらく、彼はいくつかの小説で登場人物に“コードヴァン”を履かせているが、成熟した彼は、“ヴァ”という表記のこだわりを捨て、平易に“バ”と表現したようだ。そんなことはどうでもいい、と言われそうだが、僕はなぜ“ヴァ”を捨て、“バ”に変えたのか、村上春樹に会有ことができたら、ぜひ尋ねてみたい。

僕は、コーデヴァンと表記したい。“ヴァ”のほうが、“本物”っぽくてありがたい。

僕が初めて自分で買った革靴は、《リーガル》のローファー、コブラパンプスだ。

1976年、高校2年生の時に、修学旅行に行くために購入した。苫小牧には売ってなかったため、札幌まで出かけ、4、5件の靴屋さんを巡った末に、やっと見つけて購入した。自分のサイズより1サイズ小さかったが、履けないことはない。とにかく甲の部分が広がっているこのローファーが好きだったので、無理して履くことにした。

なぜ、そこまでコブラパンプスにこだわったのか、それは『TAKE IVY』でみた一枚の写真に心酔していたからだ。

 

 

 

「ネペンテス」の清水慶三さんも仰っていたが、当時、どのモデルもここまで完璧にアイビーを表現していた人はいないだろう。そこまで頭のてっぺんから、まさにコブラパンプスの爪先まで、完成されたスタイリング。ベリーショートのクルーカット。真っ黒なボタンダウンシャツは、バックボタンが見える。マドラスチェックのバミューダパンツに白のクルーソックス。そしてコブラパンプスだ。僕や清水さんの他にも、1960年代中期から1970年代中期の10年間で、この写真にオシャレ心を鷲掴みにされたIVY少年はかなりいただろう。

このコブラパンプスを自分も真似したくて、《リーガル》を購入したのだ。しかし、残念ながら、《リーガル》はコードヴァンではなかった。

僕がコードヴァンのコブラパンプスを見つけたのは、それから20年以上経ってからだった。

《フローシャイム》のコブラパンプス。アッパーの部分がコブラの顔のように広がっていることからそう呼ばれた。
モデル名は「YUMA」。表記はないが、革質や資料から“コードヴァン”であると信じている。
甲の幅広さといい、この薄さといい、なんとも魅力的な形状だ。

当時、僕のアシスタントをしていた草刈くんがリサーチ中に、三軒茶屋にあった「セプティス」にて発見し、僕に教えてくれた。その知らせを聞いて、僕は隣の下北沢から急いで駆けつけた。そこにあったコブラパンプスは、1970年代には見ることも叶わなかったアメリカ・シカゴの《フォローシャイム》ではないか!しかもデッドストック! 当時僕らは、日本製のアイビーアイテムに対して、メイド・イン・USAのアイテムを“本物”と呼んで、著しくリスペクトしていたが、この《フローシャイム》も本物中の本物。しかも、1990年代後半には、《フローシャイム》は本社が倒産し、ブランドも縮小を余儀なくされていたことから、かなりレアな一足だった。そして、これはあくまで想像だが、『TAKE IVY』のスーパーモデル君が履いていたコブラパンプスと同じものだと思われる。なぜなら、1960年代《フローシャイム》は全米で4秒に一足は売れたそうで、中でもコブラパンプスの「YUMA」は、《フローシャイム》を代表するモデル。あの独特のフォルムは《リーガル》はコピーしたものの、アメリカでは《フローシャイム》以外であまり目にしたことはないからだ。

そして、この《フローシャイム》のコブラパンプスは、コードヴァンではないのか!?

靴本体にも、ボックスにもコードヴァンの表記はないが、資料や革の質から、僕はコードヴァンで間違いない、と信じている。後に、ショップの場所を少し移動した「セプティス」の玉木朗さんも「コードヴァンでしょう」と太鼓判を押してくれた。こっちはハーフサイズ大きかったが、問題なし。修学旅行中、京都の清水寺を《リーガル》で歩いた思いをすれば、踵が浮くくらいどーってことはない。

 

誇らしいMADE IN U.S.A.の刻印。これでウィズはD 。
純正のボックス入り。

発見してからさらに20年経った《フローシャイム》のコブラパンプス。もったいなくて、あまり履いていないが、村上春樹の登場人物に負けないよう、磨き上げ、眩しく光るようにしている。

ローファーは素足で履く、というスタイリングがある。自分もそうしたいのだが、汗で蒸れるのが嫌だから、カバーソックスのようなものを履いている。ダサい、とは思うのだが、仕方ない。だが、このコブラパンプスは『TAKE IVY』のスーパーモデル君のように、白いクルーソックスで履くことにしている。体型やルックスは似ても似つかないが、そこは背伸びさせていただきたい。村上春樹の小説に出てくる男たちは、コードヴァンをどんな靴下で履いているのだろうか? ところで、“コードヴァン”から“コードバン”になるにつれ、彼の小説に性表現が増えてくると感じているのは、僕だけだろうか? それこそ、どうでもいい話なのだが。

 

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