
Feb 07, 2025
By THEM MAGAZINE
Between “new” and “old”. ヴィンテージスーツという選択肢 Vol.1 Clothier

ネクタイを締める。かっちりとしたスーツに身を包む。企業戦士たちが仕事に向かう前の儀式にも見えたスーツの着方も、最近ではほとんど特別な機会に限られるようになった。ビジネスカジュアルが台頭する昨今、スーツは従来の“戦闘服”ではなくなり、ファッションのひとつとして日常に溶け込みつつある。そんな中、あえて「ヴィンテージスーツを着る」というこだわりに注目し、それを静かに、だが力強くプッシュするショップやテイラーを取材した。
クラシックながらも脱構築的なスタイルを提案する「Clothier」の場合

渋谷・桜丘町にひっそりと所在する「Clothier(クローチア)」。“「洋服屋」と「洋品店」、その間。”がコンセプトに掲げられたこのショップには、アメリカとヨーロッパの双方から買い付けられた名品が立ち並ぶ。《Hermès(エルメス)》や《BURBERRY (バーバリー)》、《BARRY BRICKEN(バリー・ブリッケン)》、《Willis & Geiger(ウィリス アンド ガイガー)》など、垂涎もののアイテムが揃えられているほか、古着をメインに取り扱いながら、現行ブランドのセレクトや別注品の提案も行っている。
その中でも目を引くスーツ。クローチアのストアマネージャーを務める相川秦秀氏は、ヴィンテージスーツをピックアップする理由について「古着を現代的に楽しむ方法を開拓し、提案したいと思っています。現代のスーツとは異なるシルエットも魅力ですが、細部に光る当時のデザイナーたちの“思想感”が一番の魅力だと思います。ぜひそのクラフトマンシップを感じて、楽しみながら着てほしいです」と語る。
スーツから、その時代が持つ“思想感”を読む
1980年代に入るまでは、アイビーやモッズなどカジュアル感のあるスーツも流行ったが、礼節を感じさせる伝統的な堅い作りが主流だった。80年代に入ると、代表的なブランドとして《GIORGIO ARMANI(ジョルジオ・アルマーニ)》がこれまでの既成概念を打ち破るような柔らかいスーツを展開。生地のドレープ感を出す為に肩幅や身幅に余裕を持たせ、パンツも様々なタックを用いて生地が贅沢に使われている事を主張する様なデザインを提案。ジャケットは着丈がヒップラインの隠れる長さ、股上を深くし、渡り幅が太めのシルエットのパンツが主流になった。色気を醸しつつ柔らかい印象を与えるような、ウィメンズ的な生地で作られているスーツが多く生み出され、「柔らかな生地を最大限に活かすエレガントなデザイン」が広まった。
そして90年代、さらに既存の観念を覆したのがトム・フォードだったと相川氏は振り返る。「1994年に《GUCCI(グッチ)》のクリエイティブ・ディレクターに就任した彼は、細身の作りでスタイルを良く見せるグラマラスなスーツを仕立てたのですが、その衝撃は今でも忘れられません」。世界的にも、その頃から細いシルエットのスーツが増えた。「それまでは『良い生地を贅沢に使っている』と服そのものがクローズアップされていましたが、タイトシルエットなスーツがメジャーになった頃から『鍛えて絞られた体型をいかに美しく見せるか』と変化し、“肉体美にフィットしたデザイン”という考え方に変わった気がします」(相川氏)。
デザインを知って職人技を着こなす
1990年代に大きく進化したスーツ事情。相川氏の「クローチア」では、その時代のスーツを多く集めている。その中からいくつかおすすめのアイテムと着こなしを教えてもらった。
まずひとつ目は《エルメス》の90年代のイタリア製スーツ。「“AMFステッチ”(襟の内側に入る手縫い風のステッチ)が主流の現在と違い、手縫製で端の際縫いで仕上げるラペルや、ポケットに施される“D管止め”(ポケットの端にD状のステッチを打つこと)、生地同士の柄を合わせながら仕立てていく“柄合わせ”などの各所に職人技とこだわりが見えます」。
中のトップスは《ウィリス アンド ガイガー》のサファリシャツ。足元はいわゆるビジネスシューズやドレスシューズではなくブーツを着用。些細な違いだが、足を組むことでブーツを履いていることがわかる。
「当然普通のシューズでもいいんですが、その際は遊びのある色や柄のソックスを楽しんでも良いですね。ビジネスシーンでこのスーツを着る場合は白シャツでタイドアップにして、仕事帰りやオフの時は写真のスタイリングのように着崩すと面白いです。面倒かもしれませんが、スーツに関しては面倒なことがオシャレなのだと思います」。見えない部分にこだわること、これも「美学」だと相川氏は語る。


続いては《フェラガモ》の推定90年代前半のスーツ。布地は光の加減で色が柔らかく艶やかに変化する玉虫調。こちらもD管止めや際縫いなど、随所に見える丁寧さにデザイナーと職人のこだわりが見える。
相川氏は古着のスーツの選び方について、「細かなポイントはありますが、スーツは立ち姿を美しく見せる服なので、シルエットがタイトでもルーズでも、上下のバランスで選んでいただきたいです」と話す。
「今は効率が重視される時代なので、どうしても“ミニマムであること”が良いとされます。ひとつの潮流として否定はしませんが、人に見せない部分に丁寧な技術が施されていることが、スーツの格好良さでもあります。今回紹介したスーツも全体は機械で作るんでしょうけど、仕上げは全部手作業なのがポイントです。《フェラガモ》は艶っぽいイメージを持たれがちですが、靴工房として始まったからなのか、馬具を製作していた《エルメス》同様に職人技の服が多いんですよ」。
スーツを選んで着るということ
さらにスーツのインナーに着るシャツとして、《BROOKS BROTHERS(ブルックスブラザーズ)》のタブカラーシャツをススメてくれた。左右の襟についたタブを止めることでタイを立体的に見せ、華やかな印象を与える。「ワイドカラーは基本的に太いタイをするための襟なのですが、タブカラーは細いタイの方が締めやすいです。昔はシャツの襟の形に合わせて、ネクタイも今より種類が多かったです」。
相川氏は以前、某スーツ紳士服販売店にピンホールシャツを探しに行ったところ、ワイドカラーしか置いていなかったと話す。「今のビジネスシーンは一概には言えませんが、ファッションを楽しむ幅が狭いかと。目立つことへの恐れや同調圧力なのかはわかりませんが、そもそも選択肢がないので、どうしてもみんな横一列にならざるを得ないように感じます。ですが私たちは、アイテムのデザインには理由があり、それを理解した上でできる着崩しやスタイルがあると思っています。まずは『カッコいいな』と思って手に取り、何でカッコよく思えたのか?と言語化できるよう、細かな所に目を向け、学びながら当時のデザイナーの思想を汲み取り、楽しみながら選ぶことが大事なのかな、と僕は思います」。
効率を重視する時代となった今、手間のかかる柄の入った生地を織る職人や縫製職人、職人達が使う機器の技師、またその継承者、工場が減り、本質的に良いとされる服はロストテクノロジーになりかけている。「多様性や個性を演出しやすいこの時代では、デザイナーの考え方やテイストを噛み砕きながらスーツを着るのも素敵だと思います。私たちは当時の素材や細かい内側の作り、デザイナーのこだわりや職人の技が光る部分をお見せして、『良い服ってこういうものなんだよ』と伝えていければ嬉しいです」。
若い世代がスーツの知識をお店で身につけることが難しくなってきた昨今で、懇切丁寧に案内してくれる「クローチア」。自分の個性を演出でき、ヴィンテージスーツに込められた「美学」を堪能できる1着を見つけてほしい。
【店舗情報】
Clothier
住所:〒150-0031 東京都渋谷区桜丘町12-5 桜丘Kビル
営業時間:13:00〜20:00
TEL:03-6455-0548
http://clothier.tokyo/
@clothier.tokyo