Them magazine

SHARE
FASHION
Feb 22, 2025
By THEM MAGAZINE

Between “new” and “old”. ⎯⎯ヴィンテージスーツという選択肢 Vol.2 OLD HAT

ネクタイを締める。かっちりとしたスーツに身を包む。企業戦士たちが仕事に向かう前の儀式にも見えたスーツの着方も、最近ではほとんど特別な機会に限られるようになった。ビジネスカジュアルが台頭する昨今、スーツは従来の“戦闘服”ではなくなり、ファッションのひとつとして日常に溶け込みつつある。そんな中、あえて「ヴィンテージスーツを着る」というこだわりに注目し、それを静かに、だが力強くプッシュするショップやテイラーを取材した。

 

 

古着屋から“ヴィンテージスーツの復刻”へ、「OLD HAT」の場合

 

明治神宮前駅から徒歩3分ほど、明治通り沿いに建つ、原宿の喧騒を離れるようなビルの中に「OLD HAT(オールドハット)」はある。25年ほど前に英国スーツをメインに取り扱う古着屋としてスタートした同店は現在、古着を取り扱いながらも“ヴィンテージスーツを復刻する”という独自の試みへと進化を遂げ、今や日本のクラシックスーツファンの間で欠かせない存在となっている。

 

 

「オールドハット」のルーツは、ロンドン・フルハムにあった同名の名門ヴィンテージクロージングショップにある。そこには、世界中のデザイナーやファッション業界人がインスピレーションを求めて集まっていた。サヴィルロウの伝統的なテイラーである《HENRY POOLE (ヘンリー・プール)》や《HUNTSMAN(ハンツマン)》《ANDERSON & SHEPPARD(アンダーソン&シェパード)》で仕立てられたビスポークスーツ、《BURTON(バートン)》や《DUNN(ダン)》などの既製スーツ、《Aquascutum (アクアスキュータム)》や《BURBERRY(バーバリー)》のコートといった、1920年代から80年代のフォーマルからカジュアルまでのさまざまなヴィンテージ服と、それに合わせて、山高帽やシルクハット、靴、重衣料といったスーツにまつわるアイテムも揃えられていた。

 

 

「イギリスでは古着を着ることがステータスのひとつなんです。特に上流階級の人々にとっては、新品を着るよりも、代々受け継がれて大切にされた良質な服を纏うことが品格の証にもなっているんですよ」と、店主の石田真一氏は語る。

 

かつて英国の貴族は領民との関係を円滑にするためにも、華美な新品ではなく、長年着込んで体に馴染んだ服を好んだという。石田氏はそうした背景を持つ英国のヴィンテージスーツに魅了され、ロンドンの「オールドハット」の店主に共鳴。そして、原宿に兄弟店をオープンすることで、日本にその価値観を持ち込む事となった。

 

しかし、ヴィンテージクロージングには避けられない課題がある。時間の経過とともに、良質な古着が市場から姿を消していくのだ。同店は、以前は英国で買い付けを行ったり、英国の「オールドハット」から古着を仕入れたりしていたが、時が経つにつれて状態の良い上質な古着や日本人のサイズに合う古着を仕入れることが難しくなっていったという。また、10年ほど前に英国の「オールドハット」も閉店してしまい、現在ではお客の持ち込み以外で古着を仕入れることは少なくなっていった、と石田氏は説明する。

 

そこで石田氏は、単に古着を仕入れて販売するのではなく、「将来、古着として価値を持つようなスーツを新たに生み出す」という方向へ舵を切った。

 

「仕立てた服が何十年後かに本当に古着になって、また自分たちの店に戻ってくるような服を作ろうと考えたんです」。このコンセプトこそが、ヴィンテージスーツの復刻という同店の哲学の根幹となっている。同店は年代ごとのスーツの特徴分析や研究を行いながらオーダーを受け、お客が出したい雰囲気に合わせながら生地も提案できるよう、英国のヴィンテージ生地はもちろん、半世紀前の肉厚の国産ヴィンテージ生地や“幻のアルパカ裏地”まで揃え、“ヴィンテージ生地で古着をオーダーする提案”を行なっている。

 

 

1920〜30年代のスタイルの魅力

「オールドハット」で仕立てられた30年代スタイルのスーツ。

手掛けられているスーツの多くは、1930年代のクラシックスーツがベースにされている。「スーツのシルエットが最も美しく完成されたのが30年代。この時代はファッションの主流がイギリスにあり、イギリス王室がファッションリーダーとして強い影響力を持っていました」。

30年代の古着のスーツ。
下襟は若干上を向いている。着用するとさらに上向きだとわかる。
3釦で一番下のボタンは腰の位置につけられている。
当時、裏地はレーヨンとアルパカが主流だった。「裏地は特に時代の差が出ます。20年代は綿麻のような素材が主流でした」(石田氏)。
股上はかなり深くパンツ幅も太い。

1930年代のジャケットは、シングルピーク(下襟が上を向いた形の襟)でやや太めのラペル幅、低いゴージライン(上襟と下襟の境目の縫い目線)が特徴。肩パッドは厚く、上半身を立体的に見せる胸ダーツが入り、ヒップのトップが少し隠れるくらいの着丈が主流だった。3釦1つ掛けのスタイルで、一番下のボタンは腰ポケットと平行する位置に配置されることが多かった。トラウザーはサスペンダーで吊るすために股上が深く、2つ入ったタックと太い裾幅が特徴で、脚長に見せるバランスが追求されている。胴を短く見せ、男性の体型を最も魅力的に引き立てるようなデザインが特徴であるため、クラシックな装いを好む人々からは「自分を最も格好良く見せてくれるスーツ」として支持され続けている。

1928年に仕立てられたビスポークのスーツ。30年代の特徴も併せ持つ。
消えかかっているが、「1928」と作成年が記載されたタグが縫い付けられている。
下襟の向きはほとんど水平。
20年代まで多かったという、複数の色が細かく入った立体的な生地。
20年代、30年代のジャケット。並べて比較することで特徴が際立ってわかる。
後身頃に傾斜がかかった肩線。19世紀の乗馬服などのパターンの名残りだという。

また、近年では1920年代のスーツの人気も高まっているという。20年代のスーツのジャケットは、着丈自体は30年代とあまり変わらないものの、下襟は水平に近いものが多い。釦の位置は現代のものよりも高い位置にあったりボタンスタンスが広かったり、逆に狭かったりと比較的自由度が高く、ウィンザー公が着用していた、2釦を2つ掛けする「パドックカット」と呼ばれる仕様も有名だ。肩パッドは薄く、胸ダーツはほぼ入らず、袖には雨振り袖に近いドレープが見られる。トラウザーのシルエットはやや細めで、タックが入るものが増えてきた。石田氏は「20年代はなんでもありな試行錯誤の時代で、後の30年代の洗練されたシルエットとは異なるやや未完成な雰囲気は今のデザインには無い『力の抜けたアンニュイな感じ』を醸し、ファッション感度の高い層に支持されている」と語る。

 

 

成人式とクラシックスタイル

ここで仕立てられるスーツは単なるビジネスウェアではなく、特別な場面で着る「晴れ着」としての需要も高まっている。特に成人式での着用が増えていることが象徴的だ。

 

 

「成人式のスーツといえば黒や紺の無地など、いわゆる定番のスタイルを想像しますよね。ですが私がそうだったように、クラシックなアイテムに惹かれている若い子たちもどこかにいるだろうと思い、成人式をターゲットにした発信も行うようになりました。その結果、『こういうのが欲しかった』と若いお客さまが全国からきてくれるようになりました」。特に最近は20年代から30年代のスーツの着こなしが網羅されている、1920年代のバーミンガムが舞台のギャングドラマ『ピーキー・ブラインダーズ』(2013〜)をはじめとする映像作品から影響を受け、スーツをオーダーしに来る若者が多いと石田氏は続ける。

 

 

「それに、うちで仕立てたクラシックスーツを着て成人式に行くと、周りの方からの評判がすごくいいようで。どの世代の方からも好感を持ってくださる方が多いみたいです」。

 

 

クラシックなスタイルは世代を超えて受け入れられる。“ハレの日”用として仕立てられたスーツは、成人式だけでなく、結婚式の参列やパーティーなど、晴れ着として長く着続けることができる。また、現代のスーツ市場の「明確なトレンドがない」という状況も追い風になっているという。流行のサイクルが曖昧になり、過去のスタイルが新鮮に映る時代。だからこそ、ヴィンテージスーツは新たな価値を持つようになった。

 

 

「見たことのないデザインだからこそ、新しく感じる。だからこそ若い人にも刺さるんです」。

 

 

クラシックスーツの美しさを次の世代に残していく。そのために同店は、過去の名品を研究し、ヴィンテージスーツの復刻を続けている。時代を超えたスタイルの価値は、今だからこそ求められているのかもしれない。「オールドハット」で仕立てられたスーツが、いつか本物のヴィンテージとして再び誰かの手に渡る。そんな未来を想像しながら、今日もまた新しい一着が仕立てられている。

店主の石田真一氏。20年代の特徴を捉えて仕立てたダブルブレストのスーツを着用。オーダースーツの製作だけでなく、映画やドラマなどの衣装の時代考証・製作など幅広く活動。

【店舗情報】
OLD HAT
住所:〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6丁目28-5 宮崎ビル B306
営業時間:13:00〜20:00(平日)、12:00〜19:00(土・日・祝)
TEL:03-3498-2956
https://oldhat-jpn.com/tokyo
@oldhat.tokyo
www.youtube.com/@oldhattokyo6149

SHARE