毎シーズン、さまざまなアーティストとのコラボレーションを実現させる《ディオール》のメンズコレクション。メンズ アーティスティック ディレクターであるキム・ジョーンズによるクリエイションを加速させるアーティストとして、サマー 2021 コレクションで選ばれたのは、ガーナ出身のアーティストであるアモアコ・ボアフォ。キムにとって縁の深いアフリカ大陸から生まれたアーティストの作品は、コレクションにどのような化学反応をもたらしたのだろうか？アモアコへのインタビューとキム・ジョーンズの言葉から、今回のコラボレーションの真意を探る。

黒人のマスキュリニティを表現する若きアーティスト

オレンジやイエロー、ブルーなど原色を背景に、フィンガーペイントによって力強く描かれた黒人男性。『ブラック・ディアスポラ』などの作品で知られるアモアコ・ボアフォは、オーストリアのウィーンを拠点に活動するガーナ生まれのペイントアーティストだ。ウィーン美術アカデミーで学ぶ彼の作品は、すでに公私を問わず多くの収集家および諸機関から幅広くコレクションされ、最近ではソロモン・R。グッゲンハイム美術館やCCSバードカレッジ ヘセル美術館、ウィーンのアルベルティーナ美術館やルベル ミュージアムなどに収蔵されるほど、若くしてアート界の注目を集めている。

「独学でアーティストになりました」。アモアコは自身の経歴をこう振り返る。「子供のころにアートの世界と正式に関わったことはありません。友人たちと漫画などを描き比べしたのがきっかけで、そこからドローイングの練習を始めました。ガーナ人である私の経歴はアーティストとして有利なものではありませんが、それでも美術大学に行って、自分の絵画の対する情熱を追い求めようと決めたのです」。その情熱によって表現されるのは、黒人としてのアイデンティティ。そして“男性はどのように育てられればアグレッシブでマスキュリンになるのか”という受けた教育によって生み出された価値観が根底にある。黒人であることにアプローチするための新たな方法として表し、それを記録し、称え、明らかにするものだというその作品は、フィンガーペインティングによるその独特な厚みや躍動感を特徴とし、単色の背景にくっきりと浮かび上がった人物が荒々しくも柔らかく描かれ、体の輪郭はまるで抽象画のように見える。中でも特に有名な連作である『ブラック・ディアスポラ』のポートレイトは、彼自身のアイディンティティを最も端的に反映した作品として知られている。そうした黒人のマスキュリティへの認識を探る表現として、彼が重要視しているのはその被写体だ。「作品では、自分の世界と結びつきのある被写体を讃えています。パワフルな新進気鋭の黒人デザイナーやクリエイター、キュレーターにアーティスト、ミュージシャンなどにインスピレーションを得ています。描いた人物については、匿名のまま公表していない人もいれば、タイトルでさりげなく明かしているものや、私が表現している人物をタイトルの名前に冠した作品もあります。誰を描いたのか明かす場合も、曖昧にする場合も、私は両方の側面を楽しんでいて、見る人にミステリアスや謎を感じてもらい、判断をゆだねています。自分の姿は見る人の視点によって、大きく、力強く映り、またわかりやすく伝わるように描いています」。作品に込められたメッセージは強烈でありながらも、モデルの穏やかな姿勢、美しく輝く肌から一定の柔らかさを感じとることができる。それは特徴の一つである、人物を強調するイエローやオレンジ、ブルーといったビビットな背景にも見出すことができる。「被写体を鮮明に大きく表現したいと思い、色と魅力的なパターンで被写体を引き立てています。ヨーロッパ製の壁紙で転写方式の可能性を探り、被写体やいくつかの前景と背景にテキスタイルを装飾しています。私自身の姿を部分的に再現した作品や、背景を単色にすることで、見る人の視点が被写体に集中するように描いた作品もあります」。

アーティスティックな一目惚れによって実現したファッションとアートの融合

アモアコ・ボアフォとキム・ジョーンズとの出会いは2019年に遡る。12月に開催された《ディオール》のフォール2020メンズコレクションのショー会場の向かいにあったルベル ミュージアムで、キム・ジョーンズは“アーティスティックな一目惚れ”をしたと語る。「彼の作品が持つパワーと、非常にコントラストのあるカラーパレットに私は心底魅了されました。肖像画の迫力、動きの力強さ、色のチョイス。彼の作品とものの見方すべてに感動を覚えました。とにかく彼の作品が、私に語りかけてきたのです。一緒にコラボレーションをするというアイデアは言うまでもなく、明らかでした」。アフリカ大陸は《ディオール》、そしてキム・ジョーンズにとっても重要な地である。メゾンは長きにわたってモロッコやコートジボワールまで、アーティストや職人とたゆまぬ絆を紡ぎ、またキムにとってもアフリカは故郷であり、自然や文化、人々が人生を形成するイメージの源としてインスピレーションを与えている。豊かなテキスタイルの歴史を誇るガーナが生み出したボアフォとのコラボレーションは、アフリカへの情熱を、洋服を通じて表現しようとする彼にとっては自然の流れであった。一方のアモアコも、キムとの出会いにわくわくしたという。「私は《ディオール》のシューズの熱烈なファンなんです。でも私に(コラボレーションについて)イエスと答えさせたのは、私の作品や私とのコラボレーションにかけるキムの情熱でした。彼と《ディオール》のチームがガーナにある私のアトリエを訪問してくれて、その情熱を一層強く示してくれました」。

今回のコレクションで作り上げられた1点1点が完璧なコラボレーションであり、2人の対話だ。ボアフォの作品は今シーズンの大きなインスピレーションであると同時に、極めて重要なコレクションの基礎になっている。全体のカラーパレットは作品に見られるビビッドでシュルレアリスムに近いカラーで構成され、ブルーやコーラル、グリーンとともに蛍光イエローがコレクションを彩っている。プリントには作品の特徴となっているグラフィックパターンを採用。そして特筆すべきは、コレクションを象徴するアイテムのひとつである『ブラック・ディアスポラ』を表現したニット。絵筆のストロークを表現したジャカードは、キムが自身のアトリエで撮影したテクスチャー豊かなキャンバスの写真がベースだ。その立体感を参考に、表面は複雑にプリントされ、レイヤードされる。クチュールメゾンならではの完璧なテーラリングによって、スポーツウエアに着想を得た細身で流れるようなシルエットを作り出した。「私たちが一緒に取り組んだのは、ファッションをアートの伝達手段として、あるいはその逆にアートをファッションの伝達手段としてどう用いるか。またこうしたクリエイティブな世界を融合することで、どのように人々に力をもたらすことができるのか？ということでした」。コラボレーションを通じて、アモアコは思っていた以上にキムとクリエイティブな冒険心やクラフトといった点で似ていると感じたそうだ。ファッションとアートの世界はクリエイティブな冒険性やクラフト、存在価値や自尊心について真のメッセージを伝えるという点で似ており、それは彼がアートを手掛ける理由と一致するものだと言う。彼のキャリアのみならず、未来のアートにとっても重要な機会だったと確信している。

ショーン・ステューシー、レイモンド・ペティボン、空山基、KAWS……。これまでにも数多くのアーティストたちとの協業を手がけてきたキム・ジョーンズ。今回のアモアコとのタッグは、素晴らしく刺激的な人々と関係を築きたいという、彼の《ディオール》での願いを不朽にするものであり、またそれ自体がメゾンのヘリテージの一部になるものだと語る。「ムッシュ・ディオールは23歳からコレクターでギャラリストでした。彼がクチュリエになる前の話です。彼はあらゆる形態のアートやアバンギャルドな芸術家たちとの文化的な出会いに情熱を注いできました。今回のコレクションを通じて、私はアモアコの作品のもつパワーを称賛し、もっとよく知ってもらえるよう力になりたいと思いました。ファッションの存在理由のひとつが、まさに多様なサヴォワールフェールを伝えることであり、すべての世代にとって尽きることのないインスピレーション源であるファッション以外のクリエイティブな世界を発見してもらいたいのです」

また、Them magazine no.33とウェブサイトではアフリカを通じて実現した珠玉のコレクションにフィーチャーしたファッションストーリーも公開中。
Rhythm Force DIOR SUMMER21