Them magazine

SHARE
LIFESTYLE
Jul 20, 2021
By THEM MAGAZINE

Interview with Barnabé Fillion by Aēsop

“アザートピアス”が照らす旅路。

 

動物性原料不使用で高品質なプロダクトと出会える《イソップ》から、三種の新作フレグランス“アザートピアス”が7月5日に発売された。

現実と非現実の境界が曖昧になる空間に着想を得たという本作。「船」をイメージしたフレグランスは“ミラセッティ”、「海岸」は“カースト”、「荒廃の地」は“エレミア”と名付けられ、従来のフレグランスとは一線を画すコンセプトで香る者の常識を凌駕し、空想の世界へ誘う。詩的で魅惑的で、時には難解な“アザートピアス”の世界を、フランス人調香師のバーナベ・フィリオンの言葉から感じてほしい。

 

 

――新作フレグランス“アザートピアス”について教えてください。

 

このコレクション“アザートピアス”は、どこにも属さない場所の追求を意味しています。三種の香りは、現実世界に相関する空間の概念について論じたガストン・バシュラールをはじめとする哲学者や思想家の偉業に対するオマージュなのです。それらの空間はユートピアではありませんが、神話や詩歌と繋がりがあり、私たちを空想の世界へと誘う力を持っています。

 

 

――“アザートピアス”が完成するまでのプロセスを教えてください。

 

友人の哲学者と共に「アザートピアス(他なる空間)」に関する主要な文献に目を通し、フレグランスをアザートピアスと考えた場合、どうすればコンセプトに基づくコレクションを生み出せるか検討しました。地理的な空間、詩歌的な空間、抽象的な空間について考えを巡らせるなかで、香りをまとった人を詩的な世界へと誘うフレグランスコレクションを思い付きました。こうして、コンセプトは詩的で観念的で哲学的な内容に決まりました。

このコンセプトの背景にある美しさは、物理的世界から観念的世界への移行という考えです。それは変容であり、転換であり、一時的休止であり、間隙であり、階段の踊り場であり、呼吸です。詩の世界に浸っているときに心に抱くイメージとどこか似ているかもしれません。ある意味、フレグランスと同じく文学も「他なる場所」と言えるでしょう。今回のプロジェクトを進めるには、地理、地質、植物、語源、現象論、精神分析の知識が重要になると考えたため、開発プロセスの大部分で哲学者と協働しました。様々な知識を得ては《イソップ》の開発チームと共有し、フレグランスづくりに取り掛かかりました。詩の世界に浸る者が思い描く世界を語りながら、アザートピアスを学び追求するなかで今回のフレグランスが徐々に形作られていったのです。

 

 

――“アザートピアス”のキーワードとして、「船」、「潮」、「荒廃」などがあります。これらのワードはフレグランスであまり聞き慣れない印象なのですが、新しいチャレンジだったのではないでしょうか。

 

今回のフレグランス開発が今までと異なったのは、“アザートピアス”をコレクションとしてお届けするというのがコンセプトだったことです。

“エレミア”の 最初のイメージは、「コーラ」です。「コーラ」とは、ギリシャの哲学的概念で、街から少し離れた場所に存在する空間を意味します。街を臨むことができ、その景色からは刺激を受けることができる、そういう場所です。ギリシャ文化で最も美しいとされる庭の多くは「コーラ」が源にあり、そういった意味ではコーラは「庭」と言ってもいいでしょう。私たちは、この二つのイメージを表現したいと考えました。街と、街の外にあって内省することができる安らぎの場としての庭です。そして、その庭と、そこに息づく植物の世界、さらにはコンクリートに抗う自然の驚異的な力に思いを馳せました。まだ豊かな庭まで育ち切らず、庭というよりも荒地に近い場所、自然が自らの力で再生する都市の空間です。これがエレミアの明確なコンセプトとなりました。

“ミラセッティ”は船。それはとても鮮明なイメージでした。ハーマン・メルヴィルの小説『白鯨』のように、自然に立ち向かい復讐に燃える船長や、圧倒的な力を誇る海を描いた神話や文学作品と深い関係があります。そこには常に戦いのイメージがあり、そこから荒れ狂う海と、この世界に初めて生まれた一艘の船のイメージが湧きました。海に対する畏れと憧れの両方からインスピレーションを受けたのです。“ミラセッティ”において最も重要な成分がアンバーグリス(竜涎香)です。動物由来成分であるため、《イソップ》では使用を避けている成分です。アンバーグリスの香りは、タバコ、干し草、キノコなど、他の多くの香りと似ています。私たちがつくったミラセッティが持つ複雑さは、アンバーグリスの香りにとてもよく似て、極めて神話的です。クジラが消化できなかったものが排出され、海を漂い、海中のあらゆる成分を吸収し、それを蒸留してフレグランスに使う。ちょっと信じがたい話ですよね。アンバーグリスの香りを再現するのではなく、アンバーグリスそのものから着想を得たのは、調香師として興味深い経験でした。

“カースト”の着想源となったのは景観です。特に海岸で、切り立った崖の上で清々しい潮の香りに包まれながら全身で自由を感じているのをイメージしました。カーストのコンセプトは中立性。攻撃する海と海岸地域との境目にあるゼロ地点です。海は浸食によって海岸の形を変えます。二つの拮抗する力が生み出すゼロ地点。そこはまるで魔法の力が働いているかのような場所です。

 

 

――それでは、バーナベさんが大事にされているという「共感覚」について教えてください。

 

共感覚は私の実践していることで、言うなれば私が使う言語です。実践の中でそれを探求し、共感覚者として色の匂いを嗅ぎ、フレグランスの彩りに耳を傾け、色彩が宿す感触を見ています。ですから、“アザートピアス”の調香を行っていたとき、様々な調査を行う過程で共感覚が広がっていくのを感じました。誰もが共感覚があるわけではありません。共感覚者もいますが、実は共感覚というのは一種の病気で、問題がある場合もあります。香りが実際よりも強烈に感じられるのです。私のように。

私はこの感覚を楽しみ、調香に取り組んでいます。私のフレグランスの新ブランドが10月1日に発表予定です。共感覚探求のアプローチは《イソップ》とのコラボレーションで使用しましたが、実は私のブランドでもこの点にかなりフォーカスしています。ですから、この質問は新ブランドにも当てあてはまっていると言えます。

 

 

――《イソップ》のブランドとしての哲学をどのように解釈されていますか。

 

《イソップ》のブランド哲学をひとことで言うなら、それは「控え目」でしょうか。沈黙に重きを置き、その真価を認め、本質的にシンプルなものの美しさを見出すことだと思います。若い頃は、《イソップ》の店舗はお寺のように感じられました。もしくは、教会か神社にでも行っているかのような雰囲気で、もちろんそうではないのですが、そこに美しいものを感じました。手を洗うことさえ、宗教儀式のような控え目な印象を受けました。

「静けさの中で美と日々の儀式を楽しむ」というこの哲学は、とても豊かな考えだと思います。

 

 

――昨年、《イソップ》として初めてのアロマキャンドルを発売されましたが、その際も三種の香りが展開されておりました。「三種」に思いがありましたら教えてください。

 

奇数は《イソップ》にとって、とても重要な数です。今回のコレクション“アザートピアス”の世界観を存分にお楽しみいただき、同時に各フレグランスを並べて楽しむために三種にしました。一種だけでは不十分で、かといって二種という二元性は避けたかったのです。三種にすることで初めて多種多様な側面が現れ、深みを増していくと考えています。 

 

 

――バーナベさんにとって「香りをまとう」とはどのような意味を持った行為なのか教えてください。

 

“アザートピアス”に関しては、香りをまとう人を今居る場所よりもずっと魅力的な場所へ連れていくことです。現実とは何かを問うきっかけとなる場所、つまり、目に映るものをそのまま見るのではなく、違った視点から理解するきっかけとなる場所です。海岸を例に取ってみましょう。海に行き、友人と砂浜に腰を下ろして海を眺めます。そのときあなたは、世界を違った視点から見ることができることに気づきます。あなたと友人は同じ場所に並んで座って同じものを見ていても、二人の目にはまったく異なる世界が映っているのです。海は、あらゆる「他なる場所」、そして人生全般を表す良い喩えだと思います。“アザートピアス”の狙いは、人々に解放感をもたらし、感性とつながって別の視点を持てるよう促すことなのです。

・ミラセッティ オードパルファム(左):危険と隣り合わせの海を進んでいく船を連想させる。バルサム香と調和した温かみのあるアーシーな香りが海水の塩気を思わせ、キーノートとなるラブダナム、アンブレット、ベンゾインによる独創的な香り。
・カースト オードパルファム(中央):フレッシュでミネラルが香る海岸をイメージ。ジュニパーとベルガモットのトップノートが、ベチバーとシダーにより深みのあるグリーンのベースノートへと移り変わり、サンダルウッドによる奥深い樹脂の香りと混ざり合う。
・エレミア オードパルファム(右):思わぬ場所に存在する小さな荒野。都市を再生させる自然の力を感じる場所。ガルバナム、イリス、ユズのノートが調和した、活気あふれるグリーンの香りを特徴とします。大地、苔、ジャコウの香りを思わせる花、雨に濡れたアスファルト、そして粘り強く生き抜く野草の情景が目の前に広がる。
Barnabe Fillion

バーナベ・フィリオン
フランス人調香師。植物学や藻類学を学び、伝統工芸の手法を用いて香料を研究している。2012年に初めて《イソップ》とコラボレーションし、“マラケッシュ インテンス オードトワレ”を完成させた。活躍の場は、アートプロジェクトからファッションブランドとのコラボレーションまで幅広い。香りの先駆者として、新境地の開拓とフレグランス作りの限界に挑戦している。

 

 

 

 

 

Edit_ Chihiro Yata (Righters).

SHARE