Them magazine

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MUSIC
Sep 03, 2021
By THEM MAGAZINE

Interview with JOHN GLACIER

PHOTOGRAPHY_ UDOMA JANSSEN.

 

「曲を作ることは、一種のセラピーのように感じる」

−−John Glacier

 

フランク・オーシャンとのコラボレーターでもあるVegyn(ヴィーガン)が主宰するレーベル〈PLZ Make It Ruins〉よりデビューした、ジョン・グレイシア。ファーストアルバムとなる『SHILOH: Lost for Words』に宿るのは、彼女の思考と直感を継ぎ接ぎしてみせたミックステープのような感覚だ。ゆったりとしたフロウは、プロデュースも手がけたVegynの特色濃いトラックの中を揺らぐように響く。浮遊感と緊張感がそれぞれ独立して存在する奇妙なバランスのサウンドスケープは、メロウな陶酔と軽快さを備えながらも、時折鋭利な一面が覗く。掴みどころのなさは彼女を際立たせる魅力のひとつであるが、ジョン・グレイシアというステージネームすらも大胆不敵で、オーディエンスを煙に巻くかのようだ。今回のインタビューで、謎に満ちた彼女を取り巻く不透明な雲を少しでも晴らしたい。

——ファーストアルバムのリリース、おめでとうございます! 率直に、今の気持ちをお聞かせください。

「いい感じ。リリース・パーティを開いたんだけど、友人たちに囲まれてやっと解放された気分になった。リリース前はずっとナーバスだったけど、もう私の手を完全に離れたわけで、今後世間からどんな反響があっても取り返しのつかない終わったことだと思える(笑)」

 

——謎に包まれているあなたのバックボーンをお聞かせいただきたいのですが……どのような家庭に生まれましたか?

「別に隠しているつもりはないんだけどね。逆に、私ほどインスタグラムを更新しているミュージシャンもいないくらいじゃないかな。私はロンドンの生まれなんだけど、カリビアン・カルチャーに浸って育った。親戚や友人などの集まりが多くあって、いつもみんなで音楽をプレイしていた。ロンドン在住といえども、カリビアンの人は自宅を自分たちのカルチャーで埋め尽くしているから、私の音楽的興味もロンドンのメインストリームとはズレている」

 

——では、あまりロンドンの音楽シーンからは影響を受けていないのでしょうか?

「うん、そうだね。私がモダンで前衛的な音楽を聴いていると思う人も多いみたいだけど。以前、レフトフィールド・ミュージック(自由で実験的を意味する、定義の曖昧なジャンル)について取材されたりしたけど、私はそういった音楽はまったく聴かない。好んで聴くのはポップが多くて、たまにクラシックやチャーチ、ラップかな。ラップに関しても、みんなが私に期待するようなアーティストではなくて、スタイルズ・Pやジェイダキス、プシャ・Tが好き。あとは、グライムも忘れてはいけないね」

 

——それは驚きです。しかし実際のところ、あなたのサウンドは比較的ミニマルなエレクトロですよね?

「そうだけど、注意深く聴けばダンスホール・ミュージックなのよ。ダンスホールは、後のグライムやダブステップ、ハウスといったモダンな音楽に影響を与えたでしょう。私はダイレクトな影響をルーツから受けていて、その派生であるサブカルチャーからではないというわけ。例えるなら、レゲエとラヴァーズ・ロックの関係かな。私自身としてもうまく整理がついていないから説明しにくいんだけど」

——では普段、どのように曲を作りますか?

「まちまちだけど、ビートから入ることが多いかな。自分で作ったビートに歌を乗せることもあれば、誰かが作成中のビートに並行して乗せることもある。集中できないときは、大音量で強めのビートをかけてもらうんだけど、そのときは森の中にいるような気分になるね」

 

——まずはトラックが先だと。

「そうね。私はフロウについては悩まないよ。パッとフリーで歌って、『これでよろしく!』って。テイクを繰り返したって、同じようには歌えないから。作詞が早すぎて、ビートが完成する前にヴォーカルを録り終わることもある」

 

——即興性が重要なんですね。

「うん。計画的で構築的な作曲じゃないほうが、私には正しいと思える。瞬間的な強さっていうのは、やはりその一瞬にだけ発揮されると思うんだ。だから、録った後にさらにヴォーカルを付け足すこともない。そもそもがとても飽き性だから、一日でサッと終えないと大変なことになってしまう(笑)」

 

——なるほど。アルバム中に、断片的でアドリブ的な要素が散見されるのはその理由からですね。では、アルバムもすぐ作り終わったのですか?

「いや……実は企画自体は2019年の冬にスタートしたんだけど、何も作らずにいて。20年の初めに何曲か作ったくらい。そして借りていたスタジオの契約が切れる最後の2週間くらいで、他の曲を急速に作った。正直、イージーだったよ」

——フランク・オーシャンやジェイペグマフィアを手がけているVegynが今作のプロデューサーですが、彼とはどのように出会ったのでしょうか?

「彼がサウンドクラウド経由でコンタクトをくれたのがきっかけだった。お互いのことを知らなかったんだけど、メッセージを交わすうちに、すでにナイトクラブで出会っていたことがわかった。そして、すぐさまセッションに移ったというシンプルなストーリーだから面白みはないね。アルバムを作るという話は彼が持ちかけてきたもの。私としても、吐き出したいものが胸に溜まっていたから『OK』と答えた。彼はナイスなプロデューサーであり、ナイスなレーベルオーナーだね」

 

——『SHILOH: Lost for Words』というタイトルの由来は?

SHILOH(シャイロ)は、平和を表す言葉。他にも、聖書から引用された人名だったり、場所の名前だったりと多義的な言葉なの。次のステージに向かうために、通ってきた扉をきちんと閉めておくというのが、このアルバムの主題でもあった。つまり“結びの章”であって、そのタイトルとして『今後に幸あれ!』というニュアンスのある“平和”はいいなと思った。『Lost for Words (言葉を失った)』のほうは、私自身を表している。このタイトルは、私の生き方そのものを表しているかもしれないね」

 

——では、アルバムのアートワークは何を意味しますか?

「アルバム名に関連していて、聖書の引用や、平和、天使を集約したイメージを、JIM JOEというアーティストにお願いした。モチーフになっているのはGadreelという争いの王。争いといえども、良い天使なんだけど」

 

——デビューアルバムの発表を終え、自身の次のステージについてはどう考えていますか?

「具体的にはあまり言えないけど、とにかく人生を楽しむことを考えている。今後、ショーも幾つか控えているし。胸にあるものを音楽として吐き出して、ハッピーになりたいね。曲を作ることは、一種のセラピーのように感じる。今も新しいプロジェクトに取り組んでいるから期待していてね。あとは、ロンドンを抜け出せたらもっとハッピーになるかも。本気だよ。ロンドンという街は、私には忙しすぎる」

 

——移住ですか。理想の場所はあるのですか?

「ジャマイカかな。山の近くの村みたいなところで、静けさに包まれながらゆったりと暮らしたい。することが何もないところだけど、私はそこでも音楽を作れるし、ロンドンよりコストも安いしね。とはいえ、まだまだロンドンにいることになりそうだけど!」

 

SHILOH: Lost for Words

John Glacier

(PLZ Make It Ruins / Beat Records)

JOHN GLACIER

ジョン・グレイシア カリビアンの家族のもとに、ロンドンで生まれる。幼いころから音楽に親しみ、メモのごとくサウンドクラウドに曲やフロウの断片を投稿。ミュージシャン/プロデューサーのVegynから声をかけられ、Vegynが主宰するレーベル〈PLZ Make It Ruins〉よりファーストアルバム『SHILOH: Lost for Words』を2021年7月30日に発表した。国内では、8月27日にフィジカル盤がリリースする。

 

Edit_ KO UEOKA (Righters).

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