Jul 14, 2022
By THEM MAGAZINE
Interview: ルーシー&ルーク・メイヤー 《ジル サンダー》
ルーシー&ルーク・メイヤーが《ジル サンダー》のクリエイティブ・ディレクターに就任して4年。このデザイナーデュオによって、ブランドは安定と進化の時代を迎えた。コレクションにはこれまでの知的なブランド像に、温かみが加わり、ブランドの世界観を強く伝播させるビジュアルプロジェクトやクリエイションにおけるシナジーを生み出すようなコラボレーションなど、新しい《ジル サンダー》像が生まれ、多くの人々の支持を得ている。公私におけるパートナーである二人は、この《ジル サンダー》というブランドにどのような眼差しを向けているのだろうか。1年半ぶりのフィジカルでの発表となった、2022年春夏ウィメンズコレクションのショーを終えた二人を訪れた。
創業者であるジル・サンダーが自身の名を冠して立ち上げ、80年代後半以降“装飾なきデザイン”を掲げ、ファッション界を席巻した《ジル サンダー》。創業デザイナーの1999年の退去以来、ジル・サンダー本人の復活と退任を含む、いくつかのクリエイティブ・ディレクターの交代があった。ラフ・シモンズがディレクションしていた2005~2012年は《ジル サンダー》の黄金期と言われたが、2017年にクリエイティブ・ディレクターに就任したルーシー&ルーク・メイヤーは、真の後継者と言うべくジル・サンダーのコアバリューを現代に蘇らせ、そこに彼らならではのクリエイションを加えて新しい《ジル サンダー》をつくり出した。今このブランドは、再び黄金期を迎えている。
そんな“《ジル サンダー》の今”について、2022春夏ウィメンズコレクションを終えたばかりのルーシーとルークに話を聞いた。コロナ禍で1年半のデジタル発表を強いられたのち、久々にミラノでフィジカルショーを行った《ジル サンダー》のウィメンズコレクションでは、タイガープリントや大胆な色使い、スパンコールなど、これまでにはあまり見られなかったモチーフやディテールが登場した。最近ではメンズコレクションでも、装飾的なアクセサリーやグラフィック使いなど《ジル サンダー》には目新しい要素が加わっているが、彼らに何か考え方の変化があったのだろうか。
「今回のウィメンズコレクションに関しては、今、このような大変な状況の中で、何かポジティブで楽しいメッセージを与えたいと思いました。このハードな日常の中でみんなが将来への願いを抱いています……例えば僕だったら、“大好きな日本をもうずっと訪れることができないでいるけれど、今は行けなくでも、数ヵ月後にはきっとまた行けるんだ”とか、ね。そんな将来への希望をコレクションに反映しました」とルークは語る。
そして最近のコレクションの傾向の変化に関しては、メイヤー夫妻の間に2021年の6月に誕生した長女も関係しているのだとか。赤ちゃんの誕生を待ちながら、または誕生した後に発表したコレクションには、色や華やかな装飾が増えたように思う。「娘の誕生は私たちの人生に大きな影響を与えています。彼女がこれから育っていく世界を明るい未来が待ち受けているように、そして前向きで楽しい世界が戻ってくるように、という願いがコレクションにも表れているのでしょうね。そしてそれが色使いにも表れる……。色はポジティブさの象徴ですから」とルーシー(ルークは赤ちゃんの写真を見せて「よく食べるし、よく寝るいい子なんですよ」とにっこり)。「そしてパンデミックの時期を経て、より自然との関係を意識するようになりました。これまでも天然素材にはこだわってきましたが、ナイロンなどの化学繊維は排除し、その分、例えばコットンにコーティングやトリートメントなどの加工を加えるなど、仕上げによって生まれるさまざまな表情をデザインに生かしました」と続ける。
“For sure, that (having a child) has influenced us a lot.”
「娘の誕生は私たちの人生に大きな影響を与えています。」
確かにルーシーとルークはそのクリエイションにおいて、これまでも素材に重要性を置いてきた。リサイクル素材やヴェジタブルタンニンなどサステナブル素材への関心も強く、そのための開発や加工にも余念がない。そしてその一方で日本製のウールサージなど、継続的に使用しているアイコニックな素材も多い。
「マテリアルに関しては、特にショーで発表するピースに新しい素材を使うことが多いです。だからといって、いつも何か新しいものを使わなければならないとは思っていません。ひとつの素材を理解するためには1シーズンだけでは不十分で、数シーズン使ってみてやっとその素材のボリュームとか構造とか、ベストな生かし方がわかってくるのではないかと思うので。だから新しい素材にもトライし続けますし、ウールサージとかギャバジンなどのすでに非常に良いとわかっている素材は継続して使います」
継続していくものとそれを核にしながら加える新しいもの。それは《ジル サンダー》というブランドに対しての彼らのアプローチにも反映されている。ルーシーは言う。
「素材の大切さ、ディテールへのこだわりなどブランドが持っている価値やコアな部分から自分たちの発想を切り離してはいけないと思っています。でもその一方、現実の世界は変化しているので、それは常に私たちのコレクションに反映されていきます。私はデザインするときに、ウィメンズでは自分が何を着たいか考え、アイテムは自分で着てみますし、メンズではルークのことを考えます。そしてルークはその反対を。だから自分たちのワードローブとともにデザインも変わっていきますね。人が実際に着たい服なのかどうかということはとても大事。私たちは常にそれを自問自答しています」
ルークも「ファッションはただのイメージに走るのではなく、人々が着ることを楽しみ、その実生活に密着したものであるべきです。私たちは当初からずっと自分たちのコレクションに洋服を着る人のリアルな部分を反映してきました。とはいえ、《ジル サンダー》の核となるフィロソフィーは当初から変わっていません。そしてこのパンデミックにおける生活の変化によって、今までも求めてきた、クオリティが高くて長く着られる服、人を美しく見せてくれる本当によい服だけを作りたいという欲求はこれまで以上に高まりました」と続ける。
実際に洋服を着る人のことやファッションを取り巻く現実の世界の変化を冷静に見つめるルーシーとルーク。彼らが《ジル サンダー》らしさは守りつつ、新しいブランド像を確立してきたのはこのあたりに理由がありそうだ。
そんな考え方は他ブランドとのコラボレーションに関しても同様だ。ファッション界では今やビッグブランド間でのコラボレーションがすっかりトレンドになっているが、《ジル サンダー》が協業するブランド選びには独特の信念がある。ルークは言う。「これまで《ビルケンシュトック》《マッキントッシュ》と、そしてこれから《アークテリクス》とのコラボレーションが登場します。これらはいずれも《ジル サンダー+》とのもので、山や海でのライフスタイルを目的とした実用的な提案をしているものです。ただ、私たちにとってコラボレーションはマーケティングのためではなく、あくまで機能面を考慮してのことなのです」
コラボレーションと言えば、著名なアーティストたちとの共同制作による秀逸なビジュアル表現も特筆したい。例えば、マリオ・ソレンティの写真をプリントしたTシャツのカプセルコレクション、ヴィム・ヴェンダースによる5つのシナリオで展開するキャンペーンムービー。さらにロックダウン中のデジタルコレクションでは、とても興味深い映像を発表していた。9月には、アンダース・エドストローム、オリヴィエ・ケルヴェルヌ、クリス・ローズ、リナ・シェイニウス、マリオ・ソレンティなど5人の写真家の手による写真集『ファミリアリティ』も販売されている。
「これらのフォトグラファーたちのコラボは、友情から始まっています。お互いをよく知っているからこそできた作品ばかりです。例えば、『ファミリアリティ』に関しては、電話とメールから始まりました。これはロックダウン中に作られたものなので、すべてはそれぞれのカメラマンがどこにいて何をしているか次第。そして誰もが近しい人々としか会えない時期だったので、とてもプライベートな雰囲気の中で撮影されました。私たちは最初の時点でアイデアを出しただけで、現場に立ち会うことはできなかったのですが、みんなよく知っているカメラマンたちなので、彼らがどう撮影するかだとか、彼らが洋服にどう向き合うかは十分わかっていて、距離はあっても近くにいるようでした。みな友達だからゆえ、遠隔でディレクションできたのです。一方、デジタルでコレクションを発表しなければならなかったということは、素材感を映像で見せなければならないという挑戦でもありました。でも誰も旅することも実際に作品に触れることもできない中でこのような表現方法を強いられたことは、ある意味、本物の生地に触れたり、完璧な色が見られなくてもそのムードやフィーリングを伝えることでそれをカバーすることを模索するよい経験になりました」
このインタビューを実施した号のテーマが「VINTAGE」だったことから、彼らとヴィンテージとの関係性を訊いてみた。ルーク曰く、「僕たちは個人的にはあまりヴィンテージは着ないのですが、昔の洋服に対するリスペクトは持っています。どうしてこういう洋服ができたかということを知るのは大事なことなので、私は昔の洋服にはいつも注目しています」。ルーシーは「それは私たちの周りによいヴィンテージショップがないからかも。東京には素敵なヴィンテージショップがいっぱいあるから、東京に住んでいたらもっとヴィンテージを着ていたかもしれませんね(笑)。とにかくその当時の時代性を学ぶことは大事です。それは《ジル サンダー》のZeitgeist(時代精神)にも通じるものなのです」
“You have good vintage shops in Tokyo, so if I lived in Tokyo, probably I would wear more vintage”
「東京には素敵なヴィンテージショップがいっぱいあるから、東京に住んでいたらもっとヴィンテージを着ていたかもしれませんね」
《ジル サンダー》のクリエイティブ・ディレクターを務めて4年。「もう永遠にやってるみたいな感じだよね(笑)」「本当に、長い長い時間······ 4年どころじゃない気がする」と言い合う二人だが、「それはあくまで良い意味で」だそう。これからの《ジル サンダー》をどのように発展させていきたいか?という質問に「世界征服!」と答えたルーク(真顔だが、多分冗談。ルーシーは爆笑)。年月を経るごとにパワーを増していくルーシー&ルーク・メイヤー率いる《ジル サンダー》は、さらなる新しいステージに向かっている。
ルーシー&ルーク・メイヤールーシー・メイヤーはスイス住まれ。ファッション・マーケティングをフィレンツェで学んだ後、マーク・ジェイコブスが指揮する《ルイ・ヴィトン》のデザインチームに入る。その後ニコラ・ジェスキエールがクリエイティブ・ディレクターを務める《バレンシアガ》に移り、さらにラフ・シモンズ率いる《クリスチャン ディオール》のデザインチームでウィメンズのオートクチュールとプレタポルテのヘッド・デザイナーとして活躍する。ラフ・シモンズ退任後、《クリスチャン ディオール》の共同クリエイティブ・ディレクターとして5つのコレクションに従事する。ルーク・メイヤーはカナダ生まれ。ワシントン州ジョージタウン大学でファイナンスと国際ビジネスを学んだ。その後イギリスのオックスフォード大学で経営学を学んだ後、ニューヨークへ移りFITに入る。ニューヨークの《シュプリーム》で8年間ヘッド・デザイナーを務める。その後メンズブランド 《OAMC》を立ち上げる。ともに2017年に《ジル サンダー》のクリエイティブ・ディレクターに就任。