Them magazine

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MUSIC
Aug 28, 2020
By THEM MAGAZINE

【インタビュー】KELLY LEE OWENS 『INNER SONG』

PHOTOGRAPHY_RENATE ARIADNE.

 

 

ロンドンを拠点とするプロデューサー、シンガーソングライターのケリー・リー・オーウェンス。2017年にファーストとなるセルフタイトルアルバム『ケリー・リー・オーウェンス』を発表。エフェクトの効いたドリーミーな歌声と、キレのあるテクノが融合し、夢か異次元か、無重量に浮かぶスペーシーなサウンドを繰り広げ注目を集めた。

 

待望のセカンドアルバム『インナー・ソング』は、COVID-19の影響で時期を遅らせていたが、828日のリリースが決定。ファーストアルバムの発表後におとずれた“人生で最もハードな”3年間を乗り越え、今作は自身により誠実な、パーソナルな内容となったようだ。レディオヘッドのカバー曲から始まり、元ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのジョン・ケールとのコラボレーションも収録するなど、あらゆる音楽を咀嚼しながら独自のアウトプットに昇華する華麗な一面も見逃せない。

 

今回はパンデミック期間にリリースを控える彼女へとインタビューを敢行。この前代未聞の最中、何を考えているのか?

 

 

 

 

——まず出自から伺っていきたいのですが、ウェールズ出身ですよね。

「そう。セント・アサフという、とても小さな街の生まれ。村みたいな場所だけど、イギリスでは大聖堂のあるところは街(City)と呼ぶの。育ったのは海岸のほうで、山々とアイリッシュ海に囲まれ、子猫や野ウサギ、馬と暮らすのどかな生活だった」

 

 

——どのように音楽に興味を持ったのですか?

「ウェールズは“Land of Song(歌の国)”と呼ばれるほどに、音楽と深く関わっている国。だから私も小さなころは、モップをマイクスタンドに見立てて歌ったり、映画のシーンを抜き出しては演劇をやってみたり。気づいたら周りにはミュージシャンの友達が増え、知り合いのマーチを売ったり、<XLレコード >でインターンをしたり、レコードショップで働いたりした」

 

 

——看護師として働いていたこともあったそうですね。

「高校を卒業した当時は、そのまま大学に行くのも違和感を覚えつつ、音楽をやりたいと思いながらもその方法がわからなかった時期で、人を助ける仕事である医療系に進むことも考えていた。まずは老人ホームで、その後はがんの病院でも働いたけど、そこでは多くの人が亡くなるわけで。18歳で人生にあがいていた私にとって、とてもハードコアな体験だったわ。でも誰かのために一生懸命働くことにとても満足したし、人を助け、目的を与え、心を癒やすことができるのは音楽にも共通している」

 

 

——アーティストになろうと思ったきっかけは何ですか?

DJのダニエル・エイヴリーのアルバム『ドローン・ロジック』にボーカルとして参加したことかな。現場では思いついたアイデアを即興で出したんだけど、エンジニアのジェイムズ・グリーンウッドがそれを素早く形にしてくれたのを見て、『ああ、彼と一緒なら私の音楽がつくれる』と思ったの」

 

 

——ファーストアルバムのリリース後は、人生で最もハードな3年間を過ごしたそうですね。

「いろいろあったけれど、一番大きかったのは私自身のアイデンティティの喪失だった。悩みに悩んで、喪失や悲しみは人生では当たり前にあることだから恐れる必要はないと考えることで、乗り越えられた。ファーストアルバムはピュアに発表できるけど、セカンドはファーストの批評など他人の影響をどうしても受けてしまうから難しいと実感したわ」

 

 

Kelly Lee Owens - On

——新アルバムのコンセプトについて教えてください。

「誠実であること。以前は自分の声を隠すようにリバーブやディレイを強くかけていたけれど、フォー・テットに『何で隠しているの? 次はしないほうがいい!』と言われて。今は自分の中に明晰さを持っている。だからより自分に誠実になれたと思う。歌詞も“素敵な何か”を偽ってつくりあげることはなく、自分に正直に書いたの。例えば収録曲『L.I.N.E.』にある“love is not enough”という歌詞は、大胆なステートメントだけど多くの人に聴いてもらいたい。愛するだけではダメなこともたくさんある。特に若い子は『惨めだけど、これが愛なんだ』という我慢を刷り込まれがちだけど、それは私にとってまったく誠実じゃないこと。まず自分自身を愛し、その上でもし誰かとの関係性がうまくいかないときは1人でいればいい」

 

 

——アルバムタイトルの由来はなんでしょうか?

「アルバムに名前をつけるのは難しいのよね。だからファーストアルバムは、自分の名前にしたんだけれど。今作『インナー・ソング』は、1972年に発表されたアラン・シルヴァによるジャズLPから拝借している」

 

 

——お気に入りのアルバムなんですか?

「いや、全然(笑)。『タイトルにどう?』ってレーベルがオススメしてくれたんだけど、今回は詩的な内面を誠実に汲み取った内容だからいいかなと。特に“SONGS”ではなく“SONG”と単数形であることは気に入ってる。アルバムは曲の寄せ集めではなく、ひとつの継続した旅だと思えるからね」

 

 

——今アルバムが「アルペジ」というレディオヘッドのカバー曲から始まるのは驚きでした。

「『このスポティファイの時代に、最初の曲がカバーでインストゥルメンタルだなんてどうかしてる』と言われたことがあるけど、私からしたら『何言ってんの?』って感じ。アルバムは一連の作品で、ひとつの旅なわけなんだから、曲をそれぞれに分別して考えることに興味はないね。このアルバムの制作自体も、『アルペジ』から始まったの。アルペジオのサウンドは、暗いところから浮かび上がってきて、光に届くようなイメージ。私自身がファーストアルバム後に体験した喪失感から這い上がってくるようなね。レディオヘッドはとても好きなバンドで、特に『イン・レインボウズ』は“無人島に持っていきたいレコード”でもある。彼らの曲『ウィアード・フィッシズ/アルペジ』のギターを聴くたびに、いつもシンセサイザーでやったらどうかと思ってて、今回はそれを実現してみた」

 

 

Kelly Lee Owens - Melt!

——シングルカットされた「メルト!」では環境問題を扱っていますが、あなた自身の考えをお聞かせください。

「この曲はインストゥルメンタルで、アイススケートや氷河の音のサンプリングを取り入れた。人類は、薄い氷の上を滑っているような状況なわけだからね。資本主義社会は環境問題から人々の目をそらそうとしているけど、このパンデミックが、資本主義から一歩引いた目線をもたらしていて、改革となるかもしれない。心の荒廃を癒やすのが、豊かな自然だってみんな気づいているよね。今はみんな消費をしすぎだし、服も買いすぎ。私もミュージシャンとして何をやれるか考えていて、余分なプラスチックを使わないとか、ツアーでの移動回数を減らすとか」

 

 

——「コーナー・オブ・マイ・スカイ」には、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのオリジナルメンバーであるジョン・ケールが参加していますね。彼もウェールズ出身ですが、このコラボレーションはどのように生まれましたか?

「彼のプロジェクトでボーカルをやってほしいと声がかかって、数年前に初めて会った。その曲はまだリリースされていないけど、彼とスタジオで共作するのは夢のような時間だったわ。『コーナー・オブ・マイ・スカイ』のサウンドができたとき、彼の声が聞こえてきて。アルバムのどこかにウェールズ語を入れたいとも思っていたし、彼にオファーをしてみたら、美しい仕上がりのボーカルを送ってくれたの。それをリアレンジして、フィニッシュした。詩的で、純度の高いコラボレーションになったと思う」

 

 

——パンデミックの期間で、新しい制作はしていますか?

「ほとんどしてない。その質問は、資本主義な視点だとも思うな。急に時間ができてクリエイションに没頭にしていると思うかもしれないけど、そうじゃない人もいると考えるのは重要なポイント。『インナー・ソング』は実は35日間でつくったんだけど、その期間は高まりがあって本当に集中できた。今はそういう感じじゃない」

 

 

——コロナ禍の音楽シーンについてどう思いますか?

「小さいライブ会場やまだ無名のアーティストは本当に厳しい。私も3年前だったら、今のようにレコードをつくれるようにはなれなかったと思う。だからそういう人々に対する補助は必要ね。このパンデミックの中、みんな何していた? 部屋で音楽を聴いたり、映画を見たりでしょ? 文化が、人間を生かしているのは自明なんだから」

 

 

Inner Song』 Kelly Lee Owens (p*dis/ Impartmaint)

KELLY LEE OWENS

ケリー・リー・オーウェンス 看護師からミュージシャンへと転職した異色のプロデューサー/シンガーソングライター。2017年にミニマルなテクノとドリームポップの要素を持ったデビューアルバム『ケリー・リー・オーウェンス』を発表。その後セイント・ヴィンセントやジェニー・ヴァル、ジョン・ホプキンスとのコラボレーションを重ねる。2020年8月にセカンドアルバム『インナー・ソング』をリリース。

 

Edit_Ko Ueoka.

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