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MOVIE
Sep 04, 2020
By THEM MAGAZINE

Go See a Movie : 映画館へ行こう!『行き止まりの世界に生まれて』

ビン・リュー 監督『行き止まりの世界に生まれて』

「(スケートは)ある意味ドラッグみたいなものだ。精神的にギリギリまで追い詰められても、スケートさえできればそれだけでいい」。本作と同日公開の『mid90s ミッドナインティーズ』がスケート少年たちの一時期にフォーカスしたの対し、12年に及ぶ長期間でスケーターたちの人生の一部をドキュメンタリーで捉えたのが『行き止まりの世界に生まれて』だ。12年間にわたって特定の人物を追う手法といえば、リチャード・リンクレーター監督の『6才のボクが、大人になるまで。』(14)を思い起こすが、今作は完全なるノンフィクションである。

 

趣味で撮り始めたビデオから始まったこのドキュメンタリーを手がけたのは、中国系アメリカ人監督ビン・リュー。物語の舞台はアメリカのラストベルトにあるロックフォードで、2016年の大統領選で争点となった、アメリカの繁栄から取り残されてしまった地域だ。ビン監督自身のカメラが追うのは、スケートを通して出会った友人のキアーとザック、そして監督自身もドキュメントの対象になっている。彼らの半生を追いながら、過酷な労働事情や人種差別、家族との確執、そして世代を超えて繰り返されるドメスティック・バイオレンスなど、渦中にいるからこその親密さと実直で公正な視点で、ワイドショーに取り上げられることもない錆び付いたロックフォードの若者の現実を克明に映し出した。

 

冒頭のキアーの放ったセリフに戻るが、彼らにとってスケートボードはただの趣味やスポーツ、コミュニティへのアクセスではなく、家族や現実からの逃避としても機能している。ある時期のキアーのデッキに書かれていた“This device cures heartache(この装置は心の痛みを治す)”という言葉がその象徴だ。しかし劇中にはキアーがデッキを叩き割ってしまうシーンもあり、彼にとっての唯一の救いであり、人生そのものの象徴を壊す姿にやりきれなくなる。ビン監督のカメラは、友人たちの悩みの種でもある家族へのインタビューなどかなりプライベートにも踏み込んでいき、ドキュメンタリーとして濃度の高い仕上りをみせる。オバマ前大統領による2018年の年間ベストムービーに選出されたが、それもそのはず。日陰の市井に光を当てた、現代アメリカの生きたドキュメンタリーでもあるのだから。

 

 

Edit_Ko Ueoka.

行き止まりの世界に生まれて

2018年/アメリカ/英語/93分
TERM 9月4日〜
SCREENシネマカリテほか全国ロードショー
URL bitters.co.jp/ikidomari

Bing Liu

ビン・リュー 1989年生まれ。8歳になるまでに、中国、アラバマ、カリフォルニア、イリノイ州ロックフォードと母親と共に移動。10代からスケートビデオを作り、撮影、編集スキルを磨いた。19歳でシカゴへと引っ越し、フリーランスの撮影助手として働きながら、イリノイ大学文学部で文学士号を取得。今作『行き止まりの世界に生まれて』で監督デビュー。サンダンス映画祭ブレイクスルーフィルムメイキング賞を皮切りに国内外で59の賞を受賞し、アカデミー賞、エミー賞のドキュメンタリー部門でWノミネート。

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