Sep 29, 2025
By NONOKA FUJIWARA
ホラー作家・背筋が見つめる恐怖(後編)ファッションと“創作される恐怖”の関係性
白い服と赤い服は、恐怖の質やイメージを伝える部品だった。後編で紐解くのは、ファッションの裏にある人の事情だ。
服選びで切り取られる「ままならなさ」
『令和最恐ホラーセレクション クラガリ』(2025年、文春文庫)に収録されている背筋さんの短編『オシャレ大好き』は、ラグジュアリーブランドの販売員とその顧客を取り巻く、見栄や欲望だけでは語れない「複雑さ」が主題に置かれている。着想は、実際にハイブランドで働く友人の話から得たという。
「女性が自意識に塗れ、借金地獄に陥る。見てくれだけ整えて、家はゴミ屋敷⎯⎯ 。そういうお話が嫌なんです。『どうせ外見のことで頭がいっぱいなんだろ』とバカにしているような描き方が、すごく嫌なんですよ。『解像度が低い』『そうじゃない』と思っていました」
見栄のためだけに服が選べるなら、そんなに簡単なことはない。「現実はもっと複雑な葛藤がある」と、背筋さんは続ける。
「みんな『どう見られたいか』『どう見られたら得か』『どう自分を表現したいか』という意識を天秤にかけ、服を選んでいる。他人の目を気にしているとかではなく、『こうした方が得なんだ』とか『自分はこうでなければならないんだ』みたいな強迫観念だったり、そういうままならなさで選んでいるんです」。それは売り手も同様で、デザイナーに惚れ込んで販売員になったものの、売れるのは大きくロゴが書かれたものばかり。本当に売りたいものは別にあるけど、ノルマもある。短編では、その複雑な感情と葛藤、ままならなさを描きたかったのだという。
編集者という職業は、恐怖に触れやすい職業か?
『オシャレ大好き』のように、ホラー短編は登場人物の職業はある程度自由に形作られるが、ホラー長編のメインキャラクターに多い職業は編集者や作家だ。なぜ、編集者・記者・作家がホラー作品に登場しがちなのだろう。
「ストーリーには襲われる側、もしくは解き明かす側が必要です。そして、後者の能動性を自然に担える職業は限られます」と背筋さんは話す。
昨今では動画配信者やインフルエンサーのキャラクターも増えてきたが、編集記者や作家、テレビ局のディレクターなどは昔からの定番。これらは読者・視聴者の視線を引き受けながら、自身の興味が尽きなければどこまでも深掘りができ、仕事として多種多様な人に話を聞きにいける職業だ(例外はもちろんある)。
キャラクターたちの職業が“大喜利”になりつつある中で、共感も大切な要素だと背筋さんは教えてくれた。「職業として怪異を解き明かそうとしている人でも、変わった趣味嗜好の場合だと、読んでいる側は怖くないんですよね。共感できないし、登場人物が怖がっていないと、読み手も恐怖を感じづらい」。そして、このパターンに「ハマるけどハマらない作品」を書きたくて出来上がったのが、『近畿地方のある場所について』だという。
作り手の意図とままならない逡巡
物語には作り手の意図が反映される。白や赤の服は恐怖を想起させる部品となり、職業は進行や共感のために選ばれる。ファッションは、人となりを表す記号になるが、ときに物語の邪魔にもなる。
私たちは、日々何かを纏いながら生きている。それがままならなさを抱えたまま選んだ服だとしても。
そうした現実と創作の延長線上で、背筋さんは、恐怖を描く上での装いの役割を鋭く見つめていた。
せすじ 『近畿地方のある場所について』で小説家としてデビュー。同作で「このホラーがすごい!」(講談社)2024年国内編1位、『口に関するアンケート』(2024年、ポプラ社)で2025年国内編4位にランクイン。小説執筆にとどまらず、テレビ番組『祓除』の構成、展覧会『1999展 -存在しないあの日の記憶-』の企画、ゲーム『まだ猫は逃げますか?』のシナリオ作成なども行う。