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LIFESTYLE
May 27, 2020
By THEM MAGAZINE

《イソップ》のフレグランスが紡ぎ出すシャルロット・ぺリアンの生涯

調香師のバーナベ・フィリオンが《イソップ》とともに作り上げてきた“香り”にまつわるストーリー。

《イソップ》のイノベーション・ディレクターであるケイト・フォーブスに続き、調香師のバーナベ・フィリオンにインタビューを行った。両者の協業は2012年から始まり、今回新たにローンチされた“ローズ オードパルファム”も2者のコラボレーションによって誕生したフレグランス。華やかなローズの香りは時間を経るごとにウッディな深みを増してゆき、ユニセックスで楽しめるオードパルファムだ。フランスの著名なモダニストデザイナーであるシャルロット・ぺリアンの生涯、作品、情熱、そして彼女の名を冠した和ばらから着想を得た“ローズ オードパルファム”とバーナベが描く“香り”の世界について紐解く。
Photography by Julien T Hamon (2020) Courtesy of Aesop

――写真を学び、建築家、コック、詩人を経て調香師になられたとのことですが、なぜ今の職業にたどり着いたのでしょうか? “香り”に魅了されたきっかけはなんですか?

おっしゃる通り、私は最初からフレグランスの仕事をしていたわけではありません。もともと写真の世界で仕事をしていたのですが、そのときに、共感覚というものに興味を持ち始め、特に嗅覚に強い関心を抱くようになったのです。フレグランスの仕事をする中で、転機となった出来事が2つあります。ひとつはモロッコのタンジェを訪れたときのことです。タンジェは海に面した、大きなミモザの森がある街なのですが、そこで“キフ”と呼ばれる生に近いタバコをくゆらせている男性に出会いました。その際に、潮の香りとミモザの香り、そしてパイプから漂う煙の香りが合わさった、この瞬間の香りをフレグランスで再現したいと心から思ったのです。もうひとつは、パリにある「パレ・ロワイヤル・セルジュ・ルタンス」を初めて訪れたときのことです。そこで私は、美しい香りそれぞれに物語が秘められているということを知りました。

 

――数年にわたる《イソップ》との協業について率直な感想を教えてください。

《イソップ》は長いお付き合いのある大切なパートナーです。私たちは、信頼、お互いへの尊敬の念、そして誠実なコラボレーションに基づく、素晴らしい関係を築いています。私たちはこれまでに2つのフレグランス、“マラケッシュ インテンス オードトワレ”と“ヒュイル オードパルファム”そして、“アロマティック ルームスプレー”シリーズを開発しました。《イソップ》は知性のあるデザインに心から関心を寄せており、先見の明を持つこの分野の先駆者を高く評価しています。だからこそ、世に名高い『ローズファーム ケイジ』がシャルロット・ペリアンへのオマージュを込めて和ばらを作っていると知ったとき、次なるコラボレーションのためのアイデア、今回ローンチした“ローズ オードパルファム”のイメージがはっきりと浮かんだのです。

 

――あるインタビューで、「フレグランスを制作する際のプロセスは、非常に視覚的であり自分のイメージを追いかける」とおっしゃっていました。どのようにイメージをフレグランスとして完成させるのか具体的に教えてください。

インスピレーションを探しているとき、1番目に大事にしているのは最高の原料を探すことです。ある原料や原料の一面に魅了されたとき、香りのストーリーの全体像が浮かんできます。視覚的にストーリーが浮かんでくると、それが自分にとって香りの手掛かりとなるので、そのイメージを中心に香りの開発を進めていきます。2番目にインスピレーションとなるのは文学で、3番目は旅行です。旅では香りのアンテナを張り、新しい原料を探すようにしています。

 

――日本には何度もお越しいただいているみたいですね。日本での旅も“ローズ オードパルファム”のインスピレーションとなったのでしょうか?

“ローズ オードパルファム”は、シャルロット・ペリアンの創造的な人生へのオマージュを込めて作ったフレグランスです。彼女は日本に住んだこともある先駆的存在のデザイナーで、東洋と西洋のデザイン哲学の出会いに秘められたデザインの可能性を追求していました。彼女の人生、特に彼女の日本での生活がインスピレーションとなって新たなフレグランスが完成したのです。私はシャルロット・ペリアンの娘であるペルネット・ペリアン=バルザック、そして彼女の旦那さんと共に、日本中を旅する機会に恵まれました。国宝級の優れた木工職人、戸沢忠蔵氏など、ペリアンの作品に大きな影響を与えた人物にも何人かお目にかかりました。戸沢氏は現在、ペリアンの代表作である長椅子(シェーズロング)の制作に取り組んでいるとのことです。この旅でペリアンゆかりの地をすべて訪れ、とてもユニークな経験をすることができました。


ャルロット・ペリアンが帝国ホテルのメモにスケッチした日本の地図(1940年代)
ACHP/ADAGP 2020

シャルロット・ペリアンが日本で作業する様子(1940年代)
ACHP 2020

――新作の“ローズ オードパルファム”はシャルロット・ペリアンから着想を得たフレグランスとのことですが、彼女の功績や人生、クリエイティビティをどのように反映させましたか?

有名なバラ農園『ローズファーム ケイジ』が作る、ペリアンの名を冠した和ばらからインスピレーションを受けました。その和ばらの存在を知ったときにペリアンの生涯や人間性における様々な側面に敬意を表す複雑な香りのフレグランスをつくろうと思ったのです。ペリアンのために作られたこの特別なバラは形が複雑で少し牡丹に似ており、時間が経過し乾燥するにつれてベージュの色合いは濃く変化していき、金属的なグレーの色味を帯びてくる。そして、その香りは彼女の日本に対する情熱を表しています。それらすべてがペリアンの生涯と作品を表していると言えます。その和ばらにインスパイアされているという点で、“ローズ オードパルファム”は彼女の人生を表現するものになったのではないかと考えています。


Photography by Julien T Hamon (2020) Courtesy of Aesop

――《イソップ》のフレグランスはどんな部分が他の数多あるフレグランスと違うと考えますか?

私は大量生産されている香水をあまり気にしたことがありませんが、美しい香水を享楽的な商品にしてしまうことには若干の嫌悪感を覚えます。そんな香水は大量生産された加工食品のように思えるからです。同時に、ある意味ブランド化しつつあるニッチフレグランスについても疑問を持っています。高額な値をつけて利益を伸ばそうと、ありとあらゆるものを作ろうとしているからです。私自身が何よりも興味を持つのは、香水づくりの過程におけるクリエイティビティ。真のフレグランス愛好家は、自分が本当に好きなものを知っていますし、現在は興味深い香りの提案も数多く生まれています。それでもなお、《イソップ》が特別だと思える点は、フレグランスをつくる上で極めて重要な誠実さと純粋なクリエイティビティにあります。この点において、《イソップ》に一切の妥協はありません。研究や変革を重ねて最適な原料を見つけ、それらをまるで詩のように優雅に調合することで、これまでにない素晴らしい香りを体験できるストーリーを紡ぎだしているのです。

 

――嗅覚、つまり“香り”は人にとってとても重要な要素だと思います。“香り”だからこそ人の与えられる影響は何だと思いますか?

私たちが暮らす視覚が先行する社会において、香りが持つ力はとても興味深いと思います。香りは私たちの本能的な側面を表します。それは私たちの意志にも関連していますが、それ以上にその奥に秘められた複雑な思いとも結びついています。香りは私たちの記憶を呼び覚まして別の時空へといざなってくれるような力を秘めていると考えています。

Barnabe Fillion
バーナベ・フィリオン。フランス出身。10年以上にわたり、伝統的な手作りの手法を用いて香料を研究し、調合してきた調香師。2012年に初めて《イソップ》とコラボレーションし、“マラケッシュ インテンス オードトワレ”を完成させた。アートプロジェクトからファッションブランドまで、さまざまなフレグランスのコラボレーショ ンに取り組んでいる。
Edit_Marin Kanda.

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