Them magazine

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MUSIC
Jun 23, 2020
By THEM MAGAZINE

稀代の音楽家、原 摩利彦が示す覚悟の傑作『PASSION』前編

「今回は外を向いてるアルバムですから」。

 

そう語る音楽家 原 摩利彦は、2020年6月5日、満を持して約3年ぶりの新作『PASSION』を発表した。京都を拠点とする原は、ピアノやフィールドレコーディング、エレクトロサウンドなどを取り入れながら、情景豊かな作品を発表してきた。日本を代表するアート集団「ダムタイプ」のメンバーとしても活動し、野田秀樹演出の舞台作『Q:A Night At The Kabuki』ではサウンドデザインを担当。振付師ダミアン・ジャレ(トム・ヨーク『ANIMA』の映像作品の振付も担当している)と彫刻家名和晃平によるプロジェクト『Vessel』では、坂本龍一と共に劇伴を手がけ、《アップル》のCM『Mac の向こうから ̶ 新海誠』に楽曲が起用されるなど、その活動は多岐にわたる。

 

その豊かな経験を糧に制作された最新作『PASSION』には、これまで発表されたどの作品よりも、しなやかで強固な意志が秘められていた。合わせて公開された原によるステイトメントの一部にはこうある。

 

“本アルバムには十六歳のときに作曲したピアノ曲もほぼそのまま収録している (Tr7「Inscape」)。二十年経って、今一度音楽家としての覚悟を決める。これから訪れるであろう幸せも苦難も、すべてを受け入れる強い気持ち (=PASSION) を込めてこのタイトルをアルバムにつけた。”

 

今インタビューで原が繰り返し語るのは、作品に他者の要素を含めるということだった。自身の手で作品を完成させきってしまうのではなく、他者が介在できる余白を残しておく。そうすることで、原の旋律から始まるストーリーの序章は、プロダクションに関わる他者によって新たな章を紡ぎながら、リスナーへと巡り、それぞれの情景へと結びつく。だが作品を他者に委ねることは、おいそれとできるわけではない。洗練されたふくよかな楽曲はもちろんのこと、クリエイターとしてのおおらかな態度、そして「受け入れる」ための途方もない覚悟が必要であろう。まだ無邪気で名もなき音楽家であった16歳当時の情熱にまで遡り、原のこれまでのすべてを込めて、この覚悟のアルバムはつくられたのだ。

 

「外を向いたアルバム」とはどのようなものなのか。最新作『PASSION』、2019年の展示「Wind Eye 1968」(以下、「Wind Eye」)……このインタビューではこれらのトピックを巡って、原とリスナーである我々が共同で想像するランドスケープに、さらなる奥行きを与えたい。

 

 

——最新作『PASSION』において、今までのアルバムと異なるのはどのようなところでしょうか?

今回は、自分のスタンスとして、外に向けて開いている感覚を大切にしてつくりました。具体的には、能菅などの邦楽器やイランの打弦楽器サントゥールなどを取り入れたり、他の人が録ったフィールドレコーディングを使用したり。

 

——なぜ、外に開いていくという心境になったのですか?

僕の制作スタイルはデスクトップミュージック(DTM)で、インターネットを介していろんな人と繋がってるとはいえ、基本的には一人で完結しやすい音楽。誰かと一緒にレコーディングをするといったことを、DTMのミュージシャンはしてこない場合が多くて。もうずっとそのスタイルでやってきたので、今回は他の人と一緒につくることで、自分以外の要素がほしかったのだと思います。映像や舞台などの仕事は、打ち合わせをしたり稽古に立ち合ったりして、コラボレーションの仕事となりますが、その場合はディレクターのオファーなどがあったりして、自分一人じゃつくれない音楽ができるんですね。それってやっぱり嬉しいことで、他者など他の要素が入ることで自分の音楽が変わっていくのが、今望んでることだったのです。

 

——7曲目にある「Inscape」は16歳のときにつくられた曲ですが、なぜ今回のアルバムに収録されたのでしょうか?

16歳当時の、音楽に対する初々しい気持ちが表れてるなと思うので。なおかつ、そこまでひどくはない(笑)。未熟すぎないなと思っていいかなと。

 

——最近に作曲された曲と並ぶと、どこかフレッシュな印象があります。今は、当時とは違って聴こえますか?

そうですね、和音構成なんかもその理由だと思います。比べる内容にもよりますが、今は全体を把握できますね。曲をどうしてこういう進行にしたのかとか、形式としてこういう展開をするといいなとか。16歳当時は、俯瞰することができずに、一生懸命に一音一音つくりながら前に進んでいって暗中模索してたなと思います。

 

「Wind Eye」で展示された原の祖母が撮影した写真。

——アルバムの10曲目にある「Vibe」は、唯一ビートが入っている点など今作の中で異色な存在となっていますが、この曲について教えてもらえますか。

この曲は2019年の「キョウトグラフィー(京都国際写真祭)」の全体テーマ「Vibe」に合わせ、そのテーマ曲として書いたものです。「キョウトグラフィー」とは2013年ころから親交があり、前作『ランドスケープ・イン・ポートレート』の一曲目にある「Circle Of Life」も、2016年に依頼されて作曲しています。「Vibe」という全体テーマの中で、出品作家のラインアップを見るとバリエーションが豊かだった。だから前半と後半で違うタイプの音楽を一曲にひっつけるような意識がありました。

 

——その「Vibe」をテーマ曲として提供した2019年の「キョウトグラフィー」では、「Wind Eye」という原さんご自身による展示もされていますね。

はい。「Vibe」後半の同じテーマが繰り返されてる部分は、「Wind Eye」でも使いました。「Wind Eye」は、「キョウトグラフィー」の本展示と別の、アソシエイトプログラムです。《バング & オルフセン》というオーディオメーカーが京都にポップアップショップを出すにあたって、そのスペースの一角で何か展示をできないかと「キョウトグラフィー」から話をもらったのがきっかけでした。僕は音で展示に関わったことはありましたが、自分でビジュアルまでやった経験がなく、また自分でビジュアルをつくるのもしっくりこないので、どうしたものかと悩んだのですが。そのとき、ずっと前に見せてもらった祖母の写真を思い出しました。1968年に祖母は、医者だった夫、私の祖父の研修旅行に同伴し、旧ソ連、イギリス、アメリカ、ハワイ、フランス、イタリア、東西ドイツ、スイス、オランダ、デンマークなどを2ヶ月ほどかけて旅して、ライカのカメラで写真を撮っていたんです。その写真は、僕は小さなころから何度か見せてもらっていましたが、今一度見返してみると、構図もよくて面白い。なにより色がとても綺麗だったので、せっかくの写真祭だからと、これを展示として出そうと決めました。

『PASSION』のジャケットアートワークに使用された、祖父が祖母を撮影した写真

——会場には写真のスライドとともに、原さんが制作した音が流れていました。写真に対して、どのようなアプローチで音をつけたのでしょうか?
正確には、写真に音を“つけた”わけではないですね。展示会場では、写真のスライドと8mmの動画をプロジェクションしましたが、その写真は、祖母による音のない旅の記録です。一方で僕の制作した音は、ヨーロッパやメキシコなどで録り集めたフィールドレコーディングをコラージュしたもの。つまり、僕個人の音だけの旅の記録となります。その2つの物語が、展示会場で交差することが狙いでした。これは、僕の作曲にあたってのコンポジションのスタンスにも関係してくるのですが、2つのものを1つに融合させるのではなく、2つを独立して配置するというアプローチです。

 

——もし肉親である祖母の写真ではなく、赤の他人の写真に対して音を配置することになった場合、その音は変わっていたと思いますか?

はい。より音楽的になるか、あるいはその写真のコンセプトを読み取って、それに関係するような音を目指すと思います。ナラティブになりますが、「Wind Eye」では祖母が撮ったという事実がとても大事でした。祖母と僕との関係を媒介にしたことで、あのような形になったのだと思います。

 

——『PASSION』のジャケットアートワークに使用されているのも、「Wind Eye」で展示された写真ですよね。おっしゃった“ナラティブ”という要素は、『PASSION』にも含まれていますか?
これは祖父が撮った祖母の写真ですが……「Wind Eye」という展示は一度きりで、再展示はなかなか難しいですし、こうしてアートワークとして使用することで祖母が残してくれたものを公に置いておきたいという気持ちがありましたが、ナラティブさを取り入れようという意図ではないです。祖母の写真を使うとノスタルジックに見えるかもしれませんが、その言葉が指向する内向性とは反対に、今回は外を向いてるアルバムですから。あの写真を選んだのは、明るい色だし、内に籠っている感じはしないじゃないかなと思って。なので、デザイナーさんにはとにかくはっきりと色を出したいというオファーをしましたね。前作『ランドスケープ・イン・ポートレート』のジャケットには、イタリア・シチリアにあるエトナ山の上にいる自分が小さく写っていますが、そういった構図の遊びを継承してる部分もあります。

 

 

……後編へ続く

 

 

Edit_Ko Ueoka

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