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FASHION
Sep 25, 2018
By THEM MAGAZINE

【インタビュー】ANTON LISIN from Russia

【インタビュー】ANTON LISIN from Russia


FIFAワールドカップが開催された今年、世界的に大きな注目を集めたロシア。大会の開催を祝う輝かしき祝祭ムードは、かつての困難の時代を乗り越えてきた若者たちによって支えられていることを忘れてはいけない。1990年代から2000年代は、ロシアの子供達にとって不遇の時代だった。91年のソ連崩壊は市民の生活をドン底に陥れ、経済の悪化から路上には捨て子が溢れた。その時代を生き抜いてきた若者の一人であるデザイナー、アントン・リシンは2018-19F/Wコレクションにおいて、今ではあまり語られないその事実に目を向ける。90年代にホームレスの子供達が着ていた、お下がりゆえに体にあっていない服のボリュームを表現し貧しかった過去の現実を伝えると同時に、不遇の時代においてもなお子供に宿る輝かしい無垢性を表現した。

 

アントンはモデル事務所「ルンペン」でモデル活動を行いながら (ゴーシャ・ラブチンスキーのミューズでもあった)、現在は自身のブランド《アントン・リシン》を手がけている。ゴーシャの灯したロシアの炎を受け継いだアントンは、新しい彼流のファッションを開拓する。スケートカルチャーをベースにしつつも、宗教やブラックミュージックといった自身のルーツ、社会情勢までを盛り込み、ストリートシーンの中でも際立った存在を見せている。東京のファッションシーンにでもその勢いはとどまることを知らず、渋谷のショップ「CANDY」、新宿の「LHP」、有楽町の「阪急メンズ館」3店舗でポップアップショップを開催した。合わせて初来日を果たしたアントンに話を伺った。

《ANTON LISIN》 2018-19F/W Collection

———まず生い立ちについて教えて下さい。どのような家庭に育ちましたか?

 

僕が育ったのは、いたって一般的なロシアの家庭だよ。セルギエフ・ポサードというロシアでも田舎といえる町で、周りのみんなとほぼ変わらない生活をしていた。16歳の頃にスケートボードにハマったかな。

 

 

———ファッションに目覚めたのはいつごろですか?

 

スケートボードをやり始めたころだよ。スケートボードとのファッションはつながりが深いから、自然と興味が湧いたんだ。洋服好きの友達も多かったし、だんだんとデザイナーズブランドにも関心が向いたよ。デザイナーズを買うお金はなかったから、古着を買って自分の体型やスタイルに合わせてカスタマイズすることを楽しんでいたんだ。それをもっと高いレベルでやってみたいと思ったのが、自分のブランドを立ち上げた理由の一つだ。

 

 

———モデル活動も行なっていたのですよね。それはどのように始めたのですか?

 

ずっと田舎にいるだけではつまらないと思って、頻繁にモスクワに遊びに行くようになったんだ。モスクワで多くの人と友達になるうちに、「ルンペン」というモデル事務所のマネージャーと知り合ったんだ。僕はただの田舎者だったから、モデルのスカウトをされたときはびっくりしたよ。そして、ゴーシャ・ラブチンスキーとも出会ったね。「ルンペン」にはゴーシャつながりのモデルも多いんだ。モデル活動は楽しかったけれど、ずっと続けるのは難しいなとは思っていた。そうして、自身のブランドを立ちげることを考え始めたんだ。モデル時代にいろいろなブランドの服を着て、自分のブランドにおけるアイデアが広がっていったね。

 

 

———ゴーシャ本人からはどのような影響を受けましたか?

 

今でこそゴーシャは世界的なスターだけど、元々の彼はごく一般的なモスクワに住んでいる人だったんだ。当時から彼のビジョンは卓越していて、人をまとめ上げる力もあったけれど。彼は今までのファッション界に存在しなかった、少しヤンキー風のスタイルを提案してスターダムをのし上がっていった。彼の活躍は、モスクワの若者に「俺にもできる」という自信と活力を与えたね。

上から「阪急メンズ館」「LHP」「CANDY」でのポップアップショップの様子

———《アントン・リシン》の核となる要素として、キリスト教やアンダーグラウンドミュージックがありますが、それらはどのようにクリエイションに影響していますか?

 

僕が生まれた町セルギエフ・ポサードは、ロシア正教会の首都で、いたるところに教会が建てられているんだ。それをずっと見て育ったから、教会というルーツは自分の中に確かに刻まれている。また、僕はブラックメタル音楽が好き。ブラックメタルはカッコいいけれど、いわゆるファッションの世界からは遠い音楽だと思う。教会やブラックメタルといったファッションとは相容れないような要素も、自分ならではの経験としてデザインに昇華しているんだ。例えばフーディのグラフィックには、ブラックメタルバンドがよくやる、識字できないほど崩れたタイポグラフィーを取り入れたりしている。もちろんスケートボードというファッショナブルな要素も、僕の大切なルーツとしてデザインに組み込んであるよ。

 

 

———ブランドにとって、グラフィックはとても重要な要素だと思います。2018 S/S ではロシアのグラフィックアーティスト、アンドレイ・ウベイヴォルクとコラボレーションもされていますが、グラフィックにはどのようなこだわりがありますか?

 

グラフィックには、キリスト教のシンボルを使うことが多いかな。例えば、3つの円が三角に配置されているシンボルには、キリスト教でいう三位一体の意味が込められている。そこにブラックメタルのグラフィックも配置される。教会とブラックメタルは一見親和性がないが、そのような異なるアイデア同士にも実はつながりがあると思うんだ。相反する要素を、デザインでグラフィカルにまとめ上げることに面白みを感じる。また、ロシアにはキリスト教にのめり込んでいる人が多く、度々「自分だけが正しい」という排他的な論も巻き起こっていて、そのような人々へのメッセージでもあるね。

 

 

———《アントン・リシン》にとって、ロシアらしい点を挙げるとすればどこですか?

 

よくグラフィックで使用するロシアのキリル文字と、昔のキリスト教で使われていたキリル文字以前の文字かな。アラブにも似たような文字があるはず。この昔の字は、今では読むことのできるロシア人は少ない。僕はそれを利用して、昔の手紙の暗号のように、ある人々の間でしかわからないメッセージというアイデアを取り入れたんだ。ちなみに、2018 S/Sで僕の込めたメッセージの意味は「秘密のスタイル」。読めた人に、なるほどねって思ってほしくて(笑)。

《ANTON LISIN》 2018-19F/W Collection

———2018-19 F/Wではフットボールマフラーのデザインがありますが、スポーツから影響を受けるのでしょうか?

 

特にフットボールやスポーツからインスピレーションを得ているわけではないけれど、確かにフットボールマフラーを作ったね。それは、このスタイルでマフラーを作っているのがフットボールチームであっただけだからなんだ。どのようにしてフットボールからこのデザインが生まれたのかはわからないけれど、興味深いよね。もちろん、チームのマーチャンダイズとして適しているデザインだったのだろうけれど。

 

 

———今回が初めての来日とのことですが、日本の滞在はいかがですか?

 

日本人は勤勉だと感じることが多いね。ロシア人は終業時間になると仕事をそっちのけですぐ帰るが、日本人は責任感があって素晴らしい。ファッションのショップも、モスクワやヨーロッパとはまた雰囲気が違って、まるで美術館の中にいるよう。先日のロシアW杯では、日本人の観客はスタジアム中を綺麗にしていたそうだ。負けた試合でも、ロシア語で「ありがとう」と書かれたプラカードを掲げていたりして、素直に感動したね。まだ数日滞在するので、もっと満喫したいと思うよ。

 

 

 

Edit_Ko Ueoka

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