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MUSIC
Jun 25, 2020
By THEM MAGAZINE

稀代の音楽家、原 摩利彦が示す覚悟の傑作『PASSION』後編

 

2020年6月5日、満を持して約3年ぶりの新作『PASSION』をリリースした音楽家・原 摩利彦へのインタビュー。後半では、新アルバムに加え、原が音楽を手がけた《ジュンヤ ワタナベ・コム デ ギャルソン》2020S/Sランウェイや、お気に入りの映画音楽について語る。前編はこちら

 

——アルバムのアートワーク、そして「Passion」のMVでも森山未來さんの衣装として、赤色が印象的に使用されています。それらは原さんからの要望だったのですか?
僕からのデザインへの要望は、色を入れてほしいということでした。また、赤一色じゃなく、他の色もあるのがポイントで。“Passion”というワードに、多くの人は赤色を連想しますよね。そういった前に進むような“情熱”の意味もありますが、僕の音楽に対する情熱は、赤く燃え上がる炎のようなものというより、地下に静かに流れる水脈のようなもの。だから、一色ではなく2つの色を使いたかった。MVでも、静かな両足院の庭やお堂を背に、ちょっと沈んだ赤色を森山さんが纏っていますが、全身赤ではありません。

 

——そのようなアートディレクションは、原さんが強く行っているのですか?
もちろん少しの要望はありますが、多くはお任せしています。作曲に関しても同様ですが、完全にすべてを自分の手で管理してしまいたくないんです。他の人の要素が入る余地を残し、そこに期待してるところがあるので。

 

 

——今作のマスタリングを、ヨハン・ヨハンソンなどのマスタリングも担当したフランチェスコ・ドナデッロに依頼したことも、同様の意図ですよね。
マスタリングは毎回、自分ではなく違う人にしてもらいたいと思ってて、しかも自分の交友範囲じゃない方がいい。自分の音がどう変化するのかが楽しみなので。フランチェスコのマスタリングは、特にピアノの音が今まで自分の聴いたことのない音になってて、率直にすごいなと思いました。特にピアノのハンマーが弦にあたるところにフォーカスしたような音で、とても新鮮でしたね。

 

——抱いていたイメージとは違った音が上がってきたのでしょうか?
大きくズレていたわけではありませんが、正直なところ、最初はちょっと違和感を感じました。でも彼に任せたわけだし、その違和感がほしかったわけですからね。結果として、しばらく聴いてたらすごく馴染んできたので、彼にお願いしてよかったなと思っています。

 

——原さんにとって、音から浮かび上がる「情景」は大切なことかと思いますが、どのように意識して制作していますか?
他の人が入り込む隙間を少し開けておくといいましたが、リスナーに対しても同じです。タイトルをつけてはいますが、こういう風に聴いてほしいといった、聴き方を限定するようなつくりかたはしていないつもり。聴いたときに浮かぶ情景は、こちらが指定したものではなくて、その人の人生経験やバックグラウンドによって想起されるイメージであってほしい。映像など他のメディアに音をつけるときも同様ですが、自分の音楽をエゴイスティックに表現するのではなく、一歩引いたような音づくりを心がけています。ただソロワークに関しては、すべてそうしてしまうとただのバックグラウンドミュージックになってしまうので、ほかのプロジェクトよりは、はっきりした旋律やダイナミクスをつくってはいますね。

 

《ジュンヤ ワタナベ・コム デ ギャルソン》20S/Sコレクション

 

——他のものに音をつける仕事として、《ジュンヤ ワタナベ・コム デ ギャルソン》の20S/Sコレクションの音楽を担当されていますね。その成り行きを教えてください。
パリコレクションに携わったのはそれが2回目で、最初は2017-18FWの《アンリアレイジ》でした。それは彫刻家の名和晃平さんの紹介でご一緒することになり、現地に赴いて音のディレクションを行いました。その時ショーを仕切っていた方から、《ジュンヤ ワタナベ》のトラックをつくってくれないかというオファーがあったんですね。コム デ ギャルソン社は、昔からうちの母も好きでしたし、喜んで引き受けました。一度表参道のオフィスで(渡辺)淳弥さんとお会いして、それからは音源の交換に。そのシーズンは、トレンチコートを解体しなおすというコンセプトがあって、淳弥さん曰く、「組み換えという作業はファッションではよく行われることだが、今あえてそれをやるんだ」ということでした。すでに一曲目はバッハの「平均律クラヴィーア曲集一番」の前奏曲と決まっていて、それを組み替えてバリエーションをつくってほしいという希望だったのですが、そのバランスがなかなか難しくて。ファッションショーとして成り立たせつつも、一曲目が組変わっているんだとわからせなければいけない。そこを探っていくのはなかなか大変でした。そのとき僕はパリには行きませんでしたが、ショー当日の朝まで修正し続けてましたね。

 

 

——イメージと音といえば映画音楽が一番に思い出されますが、今までに担当された経験はありますか?
長編はまだ一本だけで、中編とか短編が多いです。もっとやりたいですね!

 

——どんな映画を担当してみたいですか?
ちょっとしんどいくらいに、重厚なものがいいですね。第一にサスペンス、第二に静かな時代劇か任侠モノ。ホラーも捨て難いですね……。なんでもやってみたい(笑)。でも、シリアスなのがいいかなとは思います。

 

——映画音楽という観点から、おすすめの映画を教えてもらえますか?
わかりました。最初に浮かんだのは、若尾文子さんと田村高廣さんが出演されている増村保造監督『清作の妻』(1965)です。音楽を担当されたのは山内正さんで、ストリングスオーケストラの、シンプルで綺麗な、コラールのようなメロディーが特徴的で。山間部の閉鎖的な村の話なんですが、そこにストリングスが合わさっていくのがものすごく綺麗でした。最近の映画だと、バリー・ジェンキンス監督の『ムーンライト』(2016)。主人公のテーマのバイオリンは、特に感動的です。ネットフリックスのドラマシリーズもいい。『マインドハンター』(2017~)や『オザーク』(2017~)、『ダーク』(2017~)など。『ダーク』はベン・フロストが音楽を担当しています。アトモスフィアを持っていく音楽というか、近年の特徴でもあるシンセティックなサウンドトラックですね。他にも坂本龍一さんの音楽は『レヴェナント: 蘇えりし者』(2015)も凄いですし、イ・サンイル監督の『怒り』( 2016)では、邦画にもあのような実験的な音楽がつけられていて流石だなと思います。
音響という観点では、例えばジャン=リュック・ゴダール監督の『イメージの本』(2018)など面白い作品はありますが、そのあたりはみんなが言ってることだと思うので(笑)。他にはローレンス・カスダン監督の『ワイアット・アープ』(1994)。ケビン・コスナーが主役を演じ、OK牧場などで戦った、生涯一度も弾に当たらなかったという伝説のガンマンの話です。その映画音楽はものすごく大味ではありますが、今でもふとしたときにテーマ曲を思い出します。

 

「原摩利彦がおすすめする、音楽が素晴らしい映画リスト」

– 増村保造監督『清作の妻』(1965) 音楽:山内正
– バリー・ジェンキンス監督『ムーンライト』(2016) 音楽: ニコラス・ブリテル
– 李 相日(イ・サンイル)監督『怒り』(2016) 音楽: 坂本龍一
– 勅使河原 宏(てしがわら ひろし)監督『利休』(1989) 音楽: 武満徹
– ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督『ボーダーライン』(2015) 音楽: ヨハン・ヨハンソン
– アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督 『ビューティフル』(2010)  音楽: グスターボ・サンタオラヤ /『レヴェナント: 蘇えりし者』(2015) 音楽: 坂本龍一
– ペドロ・アルモドバル監督『トーク・トゥ・ハー』(2002) 音楽: アルベルト・イグレシアス
– ローレンス・カスダン監督『ワイアット・アープ』(1994) 音楽: ジェームズ・ニュートン・ハワード
– ドラマシリーズ『マインドハンター』(2017~) 音楽:  Jason Hill
– ドラマシリーズ『オザーク』(2017~) 音楽: Danny Bensi & Saunder Jurriaans
– ドラマシリーズ『ダーク』(2017~)

 

Edit_Ko Ueoka.

 

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