FEATURE | 04, Jul, 2019

【インタビュー】Nicholas Hatfull “Thermals of the Heart”

 

 「GINZA SIX」内にあるギャラリー「THE CLUB」にて、イギリス・ロンドンの作家ニコラス・ハットフルの個展「Thermals of the Heart——こころの温度」が開催中だ。ニコラスは、ロンドンの「サーチギャラリー」や「ローマ現代アート美術館」など名だたるギャラリーに作品が収蔵・展示されている、今注目される若き作家である。アジア初の個展となった本展のメインビジュアルに採用されたのは、布団カバーや着物が風に舞うなんとも不思議な絵。日本人ならどこかで見たことのあるような光景だが、イギリスの作家がなぜこのモチーフを?
 聞くと、なんと日本生まれで、小津安二郎監督に大きく影響を受けているらしい。浮遊感とノスタルジーに包まれるような作風と日本との関係性とは一体? 本展を企画した「THE CLUB」の粋な計らいにより、作家故郷の名物「イングリッシュ ブレークファスト」を楽しみながら、作家の話に耳を傾けた。

 

Seven Seconds
Seven Seconds, 2019, 200×150 cm, photo by Benjamin Westoby

 

——こんにちは。いきなりですが、なんと日本生まれなんですね!

 ハロー。そうなんだよ、父が駐在員だったんだ。僕は英国大使館の近くの病院で生まれて、3歳くらいまでは日本に住んでいたんだ。残念ながら日本語は全然喋れないけれど(笑)

 

——着物や布団カバーなど、作品で描く対象に日本が関係しているのは、幼いころの記憶が影響しているのでしょうか?

 うーん、どうかな。唯一記憶しているのは、温泉だね。温泉から立つ湯気の中に裸の人の像が揺らめいているのを、湯船のそばに座りながら眺めていたんだ。そのときの湯気が生み出すぼんやりとしたエフェクトの情景が、僕の作品スタイルに影響しているのかもしれないね。今回の展覧会も、蜃気楼に由来したタイトルにしたし。英国に戻ってからも、家中に日本の書道アートやオブジェ、日用品などが置いてあったから、日常的に日本の影響は受けていたと思うよ。

 

——なるほど。それでは、なぜ着物や布団カバーを描かれたのでしょうか?

 この絵は小津安二郎監督の映画『秋刀魚の味』からインスピレーションを受けているんだ。小津の映画が大好きで、特に『秋刀魚の味』はよく見るんだけど、劇中に登場する布柄がずっと記憶に残っていて。僕は現実にあるものを見ながら描くより、自身の記憶を頼りに描くことに興味を持っているんだ。記憶の中で、現実とどこかがズレることによって、面白い表現を生み出すことができるからね。このペインティングには、『秋刀魚の味』にあったバルコニーで洗濯物を干すシーンの記憶に加えて、ランドスケープにはイギリス東部の海に面した地域・ノーフォークを訪れたときの記憶も持ち出しているんだ。

 

 Beer, Whiskey, Sake (Yasujiro Giorgio)
 Beer, Whiskey, Sake (Yasujiro Giorgio), 2019, 160×120 cm, photo by Benjamin Westoby

 

02

 

——なぜ小津作品が好きなのですか?

 初めて小津作品を見たのは4〜5年前だった。ロンドンにあるとても小さなシネマで観たんだけど、とても暑くて、居心地が悪かったことをよく覚えているよ(笑)。僕は小津作品としては数少ない、カラー作品が特に好きだ。基本的にはスローな作風だけど、不思議とその色彩がとても輝いて見えるんだ。特にビール瓶やお猪口、赤い急須など、食卓上の物の色味が印象的だった。その何年か後にDVDをゲットして、またなんども見直すことになるんだけど、布団カバーやタオルなど、布地の配色も独特でどんどん引き込まれていったね。欧米での小津評は日本の伝統的な美学にフォーカスされがちだけど、実際は楽しさや奇妙なユーモアがあるんだ。

 

——『秋刀魚の味』以外だと、どんな作品が好きですか?

 『お早う』『浮き草』『晩春』『秋日和』、もちろん『東京物語』も……挙げればきりがないね。DVDになっているものはだいたい見ているはずだし、初期のコメディっぽい作品もちゃんと見てるよ。でも僕のペインティングのアイデアに影響しているのは、やっぱり色彩豊かなカラー作品だね。小津は、当時一般的だったコダック社のフィルムではなく、ドイツのアグファ社のフィルムを使用していたんだ。アグファ社のフィルムは赤の発色が落ち着く傾向にあり(朱色に近くなる)、それが小津の世界観にマッチしていると思う。小津の映画は赤に注目だね。

 

——2017年にロンドンのギャラリー「Josh Lilley」で開いた個展は、「Tofu Dealer」と名付けられていました。こちらも小津監督の影響ですか?

 まさしく。「僕はトウフ屋だからトウフしかつくらない」という小津の言葉から引用しているんだ。派手なことはせず、いつもシンプルなアプローチを繰り返すこと……僕は彼の言葉をそう解釈している。つまり、それは彼が繰り返し描いた家族の日常ドラマのことでもあるし、職人的な仕事を示唆してもいるんじゃないかな。いい言葉だよね。

 

——日本文化以外からも影響を受けますか?

 もちろん(笑)。今展には、ジェラテリアからインスピレーションを受けている作品もあるよ。ジェラテリアのショーケースの中には、無限のカラーパレット、そして山脈のようなランドスケープが詰まっていて、とても魅力的に感じるんだ。同じジェラテリアのモチーフで何パターンか繰り返し描いているけれど、これらにはローマに留学していたときの記憶が色濃く出ているかな。

 

01-min

 

Marina (Vacanze Romane)
Marina (Vacanze Romane), 2019, 170×130 cm, photo by Benjamin Westoby

 

——そもそも、どうしてアーティストになったのでしょうか?

 アーティストになることは、職業的な選択ではなかったんだよ。僕にとっては人生の生き方というか、世界との関わり方なんだ。僕は物心ついたころからずっと何かを描き続けてきたけれど、大学で巨大なキャンバスを相手にペインティングを行っているとき、僕は描き続けることに飽きることはないだろうと悟ったんだ。一生をかけて熱中できることを見つけたのなら、それを拒もうとするのも難しいだろう?

 

——作品のスケッチには、iPadを使用するようですね。最近はデヴィッド・ホックニーも利用していますが、iPadの利点はどこにあるのでしょうか?

 やっぱり、多様な色を手軽に使えるところかな。スケッチには水彩やクレヨンなど温かみのある質感が好みで、それを出すにはiPadが適しているんだ。日常にあるものを素早く描いてみるにもいいし、2~3日くらいかけてじっくり取り組むようなスケッチにも適しているよ。僕もホックニーのように、iPadで制作した絵をそのままグループ展に出したことはあるよ! 展示するにあたって小さい水彩用紙に印刷したのだけれど、密度の高い興味深い質感の絵になったんだ。

 

——面白い取り組みですね。ペインティングの傍、執筆活動も行っているようですね?

 うん。寄稿や批評を書いているんだけど、ペインティングとは違う部分の脳を使うようで楽しい。コンテンポラリーアートとの、また違った対話が可能になるんだ。だいたい2〜3か月に一つのペースで書いていて、『Mousse』や『Frieze』といったアート雑誌で読むことができるよ。そのために、いつもロンドン中のギャラリーに足繁く通って、エキシビションをくまなく見るようにしている。記事を書くこと、つまり言葉にしようとすることは、そのアートのどこがユニークで、パワフルなのかを自分の中で消化するための役にも立つんだ。

 

——最近、いいと感じたエキシビションは?

 そうだね……。ロンドンの「テート ブリテン」で行われていた、Jesse Darlingによる展示はエキサイティングだったな。

 

——日本での予定は?

 一週間ほど、東京に滞在する予定さ。ここ(インタビュー場所)に来る前に、娘のために着物を買ったんだ。着物を纏った彼女を見るのが楽しみだよ。

 

B0008991M
「THE CLUB」での展示風景。photo by KEI OKANO

 

【展示情報】
「Thermals of the Heart——こころの温度」
EXHIBITION PERIOD: ~8月24日 (土)
PLACE: THE CLUB (銀座蔦屋書店内)
ADDRESS: 東京都中央区銀座6丁目10-1 GINZA SIX 6F
OPENING HOURS: 11:00~19:00
TEL: 03-3575-5605
URL: theclub.tokyo

 

ニコラス・ハットフル
 1984年に東京生まれ。2011年にイギリスのロイヤル・アカデミー・スクールを卒業し、現在はロンドンを拠点に活動。セインズベリー・スカラーシップを獲得し、 2011年から2012年にローマのブリティッシュスクールで絵画と彫刻を研究。サーチギャラリー、ヘイワードツーリング、ローマ現代アート美術館(MACRO)など世界各国の美術館におけるグループ展に参加。主な収蔵先にはSaatchi Gallery, UK、The Hiscox, UK、Beth Rudin DeWoody Collection, USAなどがある。アーティスト活動だけでなく、記事の寄稿や批評など、その多才な活動に注目が集まっている。

 

Edit_Ko Ueoka