FEATURE | 25, Apr, 2018

【インタビュー】Alberto García-Alix in KYOTOGRAPHIE 2018

フランコ政権後に旋風を巻き起こした、マドリードカルチャーの代弁者

 

 2013年から京都を舞台に開催され、日本でも数少ない国際的な写真祭として注目を集める「KYOTOGRAPHIE」。今年も京都中心部の文化財やギャラリーを会場とし、5月13日まで開催されている。第6回目の開催となる今回のテーマは「UP」。世界中で直面している様々な問題に対して、写真を通じてポジティブな原動力を提供するプラットフォームになることを掲げた。
 今年は深瀬昌久やジャン=ポール・グードなど著名な豪華作家たちに加え、1994年生まれの森田具海など若手写真家も参加。南アフリカのギデオン・メンデルやベナン共和国のロミュアル・ハズメなど、出身国のダイバーシティがもたらす表現の幅にも注目したい。また、市内にちらばる展示会場そのものも、写真祭の魅力のひとつだ。ギャラリーでの展示以外にも「両足院(建仁寺内)」や「京都市中央市場 場外」など、通常は非公開となっている一風変わった会場で展示が催されている。
 開催にあたって、今写真祭のメインアクターの一人であるスペインの写真家アルベルト・ガルシア・アリックスが来日。アルベルトは、40年にわたりスペインで独裁政権を行なったフランシスコ・フランコ将軍の没(1975年)後に自由を求めるマドリードの若者たちの間で起こった60~70年代のカウンターカルチャー「モビーダ・マドリレーニャ」の証言者だ。写真家として純真性やリアリティを追求し、1999年にはスペインの国民写真賞を受賞。まさにマドリードカルチャーの生き字引であり、スペインを代表する写真家と言える。意外にも日本での本格的な個展は今回が初めてという偉大なる作家に話を訊いた。

 

 

「2人の女性」1988年 ©︎ Alberto García-Alix

「2人の女性」1988年 ©︎ Alberto García-Alix

 

———写真を撮り始めたきっかけはなんですか?

元々私は大学で法律の勉強をしていたが、1年間通っても興味を持てなくて辞めてしまった。誰かに養われるのではなく自分自身の生活を欲していたので、19歳で家族の元を離れたんだ。それは家庭内暴力があったとか家族との縁を切るためとかそういったネガティブな理由からではない。その後はアンダーグラウンドの世界でコミックを書きながら生活をしていたが、ふとしたときに親からもらったカメラを手にとったんだ。そして、自分の身の回りの人や物を撮り始めた。その時1970年代のマドリードの状況と重なって、これからの自分の人生は今までとなんの関わりのない、まったく違ったものになることを悟ったよ。

 

———当時のマドリードはどのような様子でしたか?

当時は何もかもが濃い時期だった。1975年にフランシス・フランコが死んだことで独裁政権が終わり、世間には新しい社会を望む欲望のようなものが蠢いていた。誰もがよりよい世界に対する青写真を描いていたんだ。スペインがヨーロッパの一員となって他国の人たちと交わること、そしてファシズムの支配から解放されることをずっと望んでいたからね。本当に希望あふれる時代だった。スペインにも様々なニュースや流行が入ってくるようになり、完全な自由の中で触れるものすべてが新しかったんだ。その中で、反システムや麻薬、セックスがひとつの絶大的な価値を持った。だから、ヨーロッパで一番面白い都市はマドリードだったと思う。ヨーロッパ中の誰もがマドリードに行きたいと思っていた。眠らない街として、祭から祭りへと、常に興奮状態だった。

 

———その時代の中心にいたのが、アルベルトさんだったのですか?

そうだね(笑) そこら中をバイクで飛ばしながらね。私は時代の主人公だったともいえるはずだ。しかし、その対価も支払わなければいけなかったけれど。私は寝ないでバーを経営していたので、20年もの間、毎日朝の7時に家に帰っていた。

 

 

「ウトレラのキリスト」1988年 ©︎ Alberto García-Alix

「ウトレラのキリスト」1988年 ©︎ Alberto García-Alix

———親は医者だったそうですが、資金の援助は受けなかったのですね。

そう。家を出てからはね。偉大な科学者でもある父には、息子が勉強をしないで毎日ドラッグをやっているという現実はなかなか受け入れられることではない。70年代当時の若者で、初めてタトゥーをしたのも私だったかもしれない。私が家に帰ると、親父がタトゥーを隠せというんだ。それで「わかった、わかった」って、捲っていたシャツの袖を元に戻していたよ。

 

———今と昔では、マドリードの状況やそこに住む人々の生活も大きく違いますよね。しかし、今でも変わらずマドリードで写真を撮り続けているのですか?

ああ。今でも周りの人々を撮り続けているよ。私にとって写真とは、自分を取り巻く環境を見るためのひとつの扉なんだ。確かにマドリードも変わったが、私自身も大きく変わった。今はより意識しながら物を見る。抽象的に、形而上学的に物を見ている自分がいるんだ。世間には、常に何か自分をときめかせる対象が必ずある。逆に、その予兆がないと撮ることはできない。

 

———モノクロの写真ばかりですが、カラーはまったく撮らないのですか?

カラーで撮ったことはあるけど、私の肌には合わなかったな。やはりモノクロの表現が好きなんだ。最近では、モノクロの写真自体が稀になり、それを載せる紙媒体ですら少なくなってきた。だから、自分はまるでオペラを作っているかのような感覚になる時がある。

 

———暗室作業の腕前はスペイン随一と呼ばれるほどだそうですね。

そうかな。まあ、いまでも暗室に入るよ。暗室こそ、私が写真にのめり込んだきっかけでもあり、メランコリーの空間でもある。すべてが生まれる場所なんだ。しかし、最近はだんだんと入りにくくなってきたよ。作業に時間がかかるようになってしまったんだ。特に、後片付けが一番嫌いでね。そこだけでもアシスタントを雇ってお願いしようと思っているんだけど(笑)

 

———写真家人生で思い出に残っている瞬間について教えてください。

周りの環境から逃げるためにパリへ行った時のことだ。40歳くらいのときかな。私の精神は崩壊していて、さらにはC型肝炎にかかっていた。一年間の治療でアルコールを絶たなければいけなかったのだけれど、当時は酒とドラッグを大量にやっていたからキツかった。マドリードに戻ったらまたドラッグに溺れるのは目に見えていたので、そのまま旅を続けたんだ。ある日バイクに乗ってバーに行き、席に座ると一人の女性がバイクでやってきた。バイクのすべてが革張りで、「なんてかっこいいんだ。こんな人の恋人はさぞかし幸運だろう」と思っていたら、なんと彼女は私の隣に座ったんだ。だから一緒に話をして、その後彼女は私のパートナーになった。(※彼女LISAのポートレイトはKYOTOGRAPHIEにて展示されている) それ以降、何もかもがうまくいくようになった。人生にはそういう瞬間があるんだ。人生というのは韻を踏みながら進むもの。そこには、出会いというマジックがあるからね。そして写真というのはそのマジックを糧にする。それは人だけじゃなくて、物でもそうだ。そのマジックに気づいたときにカメラが手元にあれば、ビンゴなんだよ。

 

「ベストを着てのセルフポートレート」1989年 ©︎ Alberto García-Alix

「ベストを着てのセルフポートレート」1989年 ©︎ Alberto García-Alix

 

———今回のKYOTOGRAPHIE2018では、どのような作品を展示されていますか?

80年代のポートレイト作品を中心に28点出展した。ある人物のポートレイトは、当時とその30年後に撮った2種類が展示してあるので比較することもできる。

 

———展示作品に関して、主催者側から何か要望などあったのでしょうか?

私は、「どうぞ自由にやってください」と言われたよ。一応、初期のポートレイト作品に興味があることだけは伝えられていたけれどね。一方でKYOTOGRAPHIE2018全体のテーマである「UP」もあったので、私はそれにふさわしい『IRREDUCTIBLES (あくなき人々)』という写真を選んだんだ。そして、それが私の写真展のタイトルにもなった。もし60点くらいの写真を選べる状況だったなら、もっと「UP」というテーマを私なりにヴィジュアル化できたとは思うけれども。私の撮る“強い”写真はなかなか展示することができないから。

 

———“強い”写真とは?

ドラッグやセックス、バイオレンスなシリーズといった写真だ。私にはヌードばかりを撮っていた時期がある。ある時、一人のポルノ俳優と友達になって、それが業界の俳優女優と知り合うきっかけとなった。私は彼らのポートレイトを撮りたかった。そして、彼らが強く映し出されるのはやはりヌードの瞬間だから、それを写したんだ。しかし、その写真をフェスティバルの一環としての写真展で展示するのは刺激が強すぎるから難しい。だから今回の展示では別の形での強さを目指した。とはいえ、別にヌード展をやりたかったというわけではなくて、最初から『IRREDUCTIBLES』を見せたかったんだが。この作品に映し出されている人々は、想像以上に過酷な人生を歩んでいる。全員が『IRREDUCTIBLES』という写真展のタイトルにふさわしい生き様の人々だ。そこに、価値観や社会システムに対して抵抗する姿があるだろう。スペイン語でいう「IRREDUCTIBLES」とは、何があっても戦い続けるということなんだ。ポリティカル・コレクトネスというものに絶対に降伏せず頭を下げない、戦い続ける人だ。私はフランコ政権下の生活をよく体験したから、これらの作品が生むことができた。

 

 

©Takeshi Asano

©Takeshi Asano

 

———写真展の会場「三三九(旧氷工場)」は、かつて氷の倉庫として使用されていた場所です。会場についてはどのように思いますか?

とにかく素晴らしかった。驚くほどに作り込みの完成度が高く、それは写真を生かす環境でもある。写真に秘める感情をうまく引き出す作用もあると思う。写真に新たな息吹を吹き込んでくれる特別な空間で、ぜひ作品を堪能してほしいね。

 

 

KYOTOGRAPHIE京都国際写真祭2018

TERM:2018年4月14日(土)~5月13日(日)※時間、定休日は会場ごとに異なる
PLACES:ASPHODEL、両足院(建仁寺内)、三三九 (旧氷工場)、など15会場
PRICE:パスポート一般4000円、大高生・専門学生3000円 ※会期中有効、全会場に各1回のみ入場可能(アソシエイテッドプログラムを除く)1DAYパスポート一般3000円、大高生・専門学生2000円 ※各パスポートを購入しない場合、各会場ごとに入場料が必要(一部無料の会場あり)
TEL:075-708-7108(KYOTOGRAPHIE事務局)
URL:http://www.kyotographie.jp

 

Edit_Ko Ueoka
Special Thanks_Instituto Cervantes