Photography by Koki Sato

FEATURE | 28, Dec, 2017

【インタビュー】コルソン・ホワイトヘッド『地下鉄道』

 2010年代は今までになく小説家の真価が問われる時代だ。誰もが気軽に文章が書け、それを発表できる場所がある時代。フェイクニュースがはびこり、フィクションの旨味を奪い取られてしまった時代。SNSの普及によって多くの人が本を手に取らなくなった時代。そんな時代に、小説家に何ができるのだろう? 答えはシンプルだ。小説を書けばいい。それも、とびっきりの作品を。誰もが書けないような圧倒的な文章力によって描かれた作品を。フェイクニュースなんか歯牙にもかけないような想像力によって紡がれた作品を。ケータイなんか放ったらかしてページをめくりたくなるような作品を。その一つの答えというべく作品が、昨年末にアメリカで産み落とされた。それが『The Underground Railroad』だ。作者の名はコルソン・ホワイトヘッド。彼は「The Underground Railroad(=地下鉄道)」という19世紀において黒人奴隷たちの逃亡を手助けした組織を、「これが組織ではなく、全米中に張り巡らされた本当の鉄道だったら?」というとんでもないアイデアを出発点にスペクタクルな大作を書き上げた。この作品によって、ホワイトヘッドはアメリカで最も権威ある賞である全米図書賞やピュリッツァー賞など、名だたる文学賞を獲得。さらには本年度の『TIME』誌が選ぶ「世界で最も影響力のある100人」にも選出されている。彼は誇張でもなんでもなく、今最も注目すべきアメリカの作家だ。なぜ彼はこの作品を思いつき、どのようなプロセスで書き上げたのか?ホワイトヘッドと同じくブルックリンを拠点にする作家、新元良一さんに『The Underground Railroad』の舞台裏を訊ねてもらった。

 

——『The Underground Railroad』は、どのようなきっかけで執筆に着手されたのでしょうか?

 この国の子どもたちは、“アンダーグラウンド・レイルロード”という言葉を初めて耳にすると、文字通りの列車のイメージを頭に浮かべてしまう。あるとき私は、そんな列車が現実にあったとしたら、どんなことになるだろうか?という突拍子もないアイデアに駆られた。それから、なんとも奇妙なこの妄想に基づいて、どんなストーリーが引き出せるかを考えた。

 

——この小説を執筆するにあたって、予備知識を持つために、どんな下調べをされたましたか?

 もう何十年と読み続けてきた書物に頼ることにした。それは、優生学や医療関連の学術書も含まれるし、奴隷時代の物語や元奴隷だった人たちの人物史も読み返したりした。

 

——『The Underground Railroad』の執筆の段階で、物語の主人公となるコーラや彼女の周囲にいる人々の人物設定を、どのような形で進めていかれましたか?

 逃亡を成功させるため、主人公が抱いた勇気を想像するのは並大抵ではないが、書き始めて間もないときに彼女の身に降りかかったふたつの出来事が、コーラの人格形成をしていく上で役立った。そのひとつとして、自分の庭を奪い取ろうとする乱暴者に、彼女が怯まず立ち向かう場面がある。そしてもうひとつが、同じ少年が殴打される危機に瀕したとき、彼女が救ってあげる場面だった。

 

——想像することは、『The Underground Railroad』という小説にあって重要なモチーフのひとつと見ることができます。この物語を手がけようとされたとき、このモチーフをどんな形で用いようとされましたか?

 もしリアリズム的な物語に固執していたなら、この作品の中核部分である歴史との、いわば対話のようなものをもたらすのは無理だったかもしれない。私がいつもモットーとしていることに、“事実に忠実であるのではなく、真実に忠実であれ”がある。

 

——以前は『John Henry Days』で言及されるなど、あなたの作品では歴史的記述がよく見られます。歴史という素材を導入することで、執筆にどんな影響を与えるとお考えですか?

 (小説にする上で)歴史はすばらしい素材だからね。君が指摘した小説もそうだし、今回の作品(『The Underground Railroad』)も、都市やポップ・カルチャーと並行して、歴史について言及している。ただ素材としての過去には、私を焚きつけるところがある。

 

——執筆するためのモチベーションとなるのは何でしょうか?

 もし他に私がやれることがあるなら、そちらを試すのだが……といったことか。

 

——人種間の衝突は、近年にも増して大きな社会問題となり、全米プロのフットボールの状況(訳者註:試合前の国旗掲揚のときに、アメフトの選手が膝まづくことにより、黒人に対する警察の権力乱用に抗議する行為が話題となっている)を見ても、価値観の対立を指摘する声もあります。作家として、この問題をどのようにご覧になりますか?

 アメリカ社会において以前から劣悪な状況だったが、このところの人種問題はさらに深刻度を増している。そこには、トランプが火に油注ぐところもあるにはある。ただ私にとって、この国の人種にまつわる歴史には、まだまだ語り尽くされていないストーリーがいくつも存在する、ということだね。

 

——トランプという時代に入り、作家はどんな役割を担っていると思われますか? さらに、あなたのようなアーティスト、クリエイティヴな人たちはどんな影響を、現政権から被っているとお考えですか?

 わからないな。だが、実社会に変革をもたらすほどの力を、芸術が持っているとは私には思えない。

 

——次回作についてお話ください。

 1960年代のフロリダが舞台の話になる。今はまだ、それ以上のことを話す段階ではない。

 

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『地下鉄道』(早川書房 2017)

昨年10月に発表されたホワイトヘッドの6作目となる長編小説。「The Underground Railroad(=地下鉄道)」とは、19世紀において、奴隷制がまだ認められていた南部諸州からの黒人奴隷たちの逃亡を手助けした奴隷制廃止論者らによる組織のこと。その認識を逆手に取り、もし本当に地下を走る逃亡奴隷のための鉄道が存在していたら……という設定のもと、ジョージア州の綿花プランテーションから逃げだした十代の黒人奴隷の少女の旅を描いた衝撃作。『ムーンライト』でオスカーを獲得したバリー・ジェンキンスによって、早くもドラマシリーズ化が決定している。ホワイトヘッドの作品はこれまで未訳だったが、ついに今年12月、「早川書房」より作家・翻訳家の谷崎由依さんの訳で刊行された。アメリカ文学史に新たに刻まれた大傑作をぜひ手に取ってみてほしい。
https://www.amazon.co.jp/地下鉄道-コルソン-ホワイトヘッド/dp/4152097302

 

Colson Whitehead

コルソン・ホワイトヘッド1969年、ニューヨーク州出身。ハーバード大学を卒業後、『ビレッジボイス』で働き始め、本や音楽のコラムを手がける。99年に発表したデビュー作『The Intuitionist』は、PEN/ヘミングウェイ賞の最終候補となった。昨年発表した6作目となる長編『The Underground Railroadで全米図書賞やピュリッツァー賞など名だたる賞を獲得。現在ブルックリン在住。

colsonwhitehead.com

 

Interview_Ryoichi Niimoto
Edit_Sohei Oshiro