FEATURE | 18, May, 2018

【インタビュー】熊谷聖司 『EACH LITTLE THING』

「すべてを等価に、フラットに見たい」

 写真家、熊谷聖司氏はこう語る。出版レーベル「マルクマ本店」を主宰し、多角的な視点でコンスタントに作品発表を続ける熊谷氏は、2011年の東日本大震災をきっかけに、『EACH LITTLE THING』という写真プロジェクトをスタートさせた。「私の欲望とは何か」を映し出そうとするこのプロジェクトは、写真集10冊を刊行することを念頭に制作され、収録されるのは作家本人がプリントする「縦位置のカラー」という制約で撮られたスナップ写真。そしてそのセレクトと編集は、本書デザイナーであり長年のコラボレーターでもある高橋健介氏に完全に任せてしまう大胆な手法が採用された。8年間続いたプロジェクトは、今回9、10号目の発行でフィナーレを迎え、発刊にあわせた写真展が、東京・中目黒のギャラリー「POETIC SCAPE」にて6月10日まで開催されている。弊誌は、ちょうど会場設営を終えたばかりの熊谷氏を直撃。『EACH LITTLE THING』はなぜこのようなユニークな方法で作られているのか、そしてそこに込められる写真家の意識とは何かを伺った。

3e70f5ea-eb45-449a-9803-15db2cf1955fPhoto by Seiji KUMAGAI

 

——『EACH LITTLE THING』を始めたきっかけは、2011年3月11日の東日本大震災ですね。震災時、熊谷さんは何をされていましたか?

 東京にいて、西武線の電車に乗っていた。小さな川に架かった橋の上で、電車は止まって、窓から外を見ると、川の水が流れに対して垂直方向に波打って動いていたのを覚えている。近くのマンションの一室にぶら下がっていた電球が大きく横に揺れていたのもね。

 

——震災後、実際に東北の現地には行かれたのですか?

 『EACH LITTLE THING』を始めた後になるけれど、2012年に現地を訪れた。でも、現地で写真は撮らなかった。そういうことをやっている人は多いけれど、俺は撮りたいとは思わなかったから。

 

——震災を受けて、どのような考えで『EACH LITTLE THING』を始めたのでしょうか?

 震災直後は、自分は何をするべきなのか、さっぱりわからなくて。テレビでニュースを見ていると津波の映像がたくさん流れてきて、「すべてがなくなる、すべてが等価に流される」というリアリティを感じた。実際に写真集を作っている立場としては、人や家に加え「本」が流されているというのが衝撃的で。出版社や作家は愛情を持って本を作って、それが本屋に置かれるわけだけど、「ほんとにその視点だけに立っていていいのかな。今までの価値観とはまったく逆のことも考えないといけないんじゃないかな」という矛盾を常に考えることを、震災をきっかけに自分の中に取り入れていった。この考え方は間違っているかもしれないけど、そうせざるを得なかったというか。違ったベクトルの位置にも立ってみて、そこから何か生まれるんじゃないかという感覚に基づいて作り出したのが『EACH LITTLE THING』なんだ。

 

DSC_0147『EACH LITTLE THING』は号によってカバーの色が異なる。最新の9、10号目は中央に平置きしてある2冊。

 

——『EACH LITTLE THING』をスタートするにあたって、本書で編集とデザインを手がける高橋健介さんとはどのような打ち合わせがあったのでしょうか?

 高橋との最初のミーティングでは、写真を見てもらう前に、まず自分のやりたいことを3時間ほどかけて言葉で説明した。それで高橋に興味をもってもらえたから、そこから写真を見せたのよ。ここで高橋のオーケーがなかったら、『EACH LITTLE THING』シリーズはこの世になかったんじゃないかな。

 

——『EACH LITTLE THING』のユニークな要素である、写真のセレクトや編集を高橋さんが行い、撮影者である熊谷さんがそれに干渉しないというルールは、熊谷さんからの提案だったのでしょうか?

 そうだね。選ぶ作業に干渉しないことで、自分自身から写真を離したかったんだ。写真を選ぶ編集作業にはどうしても自我が入ってくる。これも一つの矛盾だと思うけれど、今回はその自我をすべて無くしたかったわけ。「これはすごくいい写真だから絶対入れてくれ!」というのも、一番危ういと思ったから一切伝えなかった。制作順序としては、まず高橋に組んでもらったレイアウトがPDFで送られてきて、家で出力してみた後に、高橋に会って打ち合わせをする。高橋は予備の写真を準備していて、出力を見ながら写真集言語的におかしいところはお互いに意見をしあって差し替えていく。

 

——高橋さんからのセレクトの戻しには、どのような感想を抱きましたか?

 基本的には、高橋の組み方を見て「いいんじゃない」とポジティブなスタンスで進めたんだけど、2号目では少々揉めたんだ。1号目は勢いで出したところもあったから、2号目はプロジェクトをどのような方向性にするかで悩んで、最初のPDFからたくさんいじった。写真の選び方や並べ方次第でどこにでも行ける分、どこに落としこんでいくかという部分でお互いに迷ったんだ。でも2号目以降はずっと楽になって、他の号は数枚の差し替えや左右のレイアウト位置の変更くらいで済んだ。俺の中に、自分が撮った写真に対しても、写真を写真としてしか見ない、どこか遠くから眺めているような感覚が染み付いてきたからね。2号目はシリーズを通して手本のような存在になったけれど、毎号どこかに新しい要素は入れようとは思っていた。例えば9号目と10号目には、これまでになかった要素として同じ女性の写真が入れてある。写真の色を変えてあるからわかりにくいけれどね。あとは、ページ見開きの左右に“手”のモチーフの写真を配置することで、写真同士の関係性を明確に打ち出す方法も新しく取り入れた。

 

——そのような新しい方法を取り入れようとしたのは、熊谷さんと高橋さんどちらからの提案なのでしょうか?

 これは高橋が提案してきたことだね。同じ人物を2冊に登場させるのは、俺は思いつかなかった。でも、それぞれの写真の色のトーンをあえて変えたのは、印刷原稿を作るときに俺が勝手にやったこと。高橋には事前に言わずに、入稿までわからないようにしておいて(笑) 「これは、同じトーンでもいいけれど、まるっきり変えてみたらどう違ってくるのかな」という自分の中での実験かな。「同じ人物がどっちにも入ってるじゃん」と言われるのは嫌だから、トーンを変えることで写真として別物にしちゃうという。

 

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——『EACH LITTLE THING』に収録されているのは、いつごろ撮られた写真なのでしょうか?

 2009年に発行した写真集『THE TITLE PAGE』以降の写真だね。2011年に出した『EACH LITTLE THING』の1号目に掲載されているのは、09年から11年の間に撮った写真。号の間に撮った分だけどんどん追加されていくわけだから、号を重ねるごとに収録候補となる写真の総数も多くなる。

 

——では、1号目で選ばれなかった写真でも、それ以降に入ってきた新しい写真と組み合わせられることで、あとの号で晴れて収録される写真もあるのですね。

 そう。「こんな写真、撮ったっけ?」って、俺自身忘れてしまっている写真も入ってくる。これは編集やセレクトを他人に任せているから生まれる面白いポイントだね。自分の意思とは違った形から写真が選ばれる。俺も客観的に写真を見られて、面白い。

 

——なぜ『EACH LITTLE THING』は、写真集を10冊出すという形式になったのでしょうか?

 雑誌のようにショートスパンで発行していくことが、この写真にとっていいのだろうと感覚的に思ったから。作ったときの感覚を、写真集の中に常に置いていく感じを求めていたんだ。10という数字は、なんとなくキリのいい数字として設定した。ページの少ない薄い本で、最後にはボックスに10冊すべてを収納できるようにするのは最初から決めていた。その薄さや形態から、『EACH LITTLE THING』はZINEのように見られがちだけれど、それは違う。自分にとってのZINEは、夜に酒でも飲みながら「ああ、こういうもの作りたい」って思ったものが、次の日にはできているような感じ。俺が作った『扉』という写真集はハードカバーにオリジナルプリントを閉じたものだけれど、その制作プロセス自体はZINEそのもので、写真を撮ってからセレクトまでたった2週間しか作業をしていない。反対に『EACH LITTLE THING』はとても時間かかっているし、制作の一部が自分の手から離れているのでZINEほど個人的なものでもない。これには、ハードカバーの本は立派に見えて、薄いソフトカバーはそうでもないという、形による惑わしも働いていると思う。

 

DSC_0146『EACH LITTLE THING』10冊すべてを収納できる特製ケース。

 

——さて、『EACH LITTLE THING』5号目は、アメリカの写真家ソール・ライターから影響を受けているとのことですね。

 そうね。もともとソール・ライターのことをよく知らなかったけれど、11年に初めて写真集を買ったとき、自分の写真と比較して「ライターの写真がよくわかる、こんな人いたんだ」とビックリした。それで5号目は、ライターの写真集『Early Color』を色の教科書として参考にしながらプリントを作ったの。そしたら、ちょうど入稿の前日かにライターが亡くなったので、5号目のみクレジット欄に「See you LEITER.」と入れた。

 

——そうなのですね。では、今回発表された9、10号目には、参考にした作家や写真集はありましたか?

 実は、今回はニューカラーの独特な色味を入れてもいいかなと思って、ウィリアム・エグルストンの写真集を見ながらプリントしていた。でもあんまり参考にならなくて(笑) エグルストンって、作品によってはバラバラで統一感がなく、結構乱暴なんだよね。ジョエル・マイヤウィッツやスティーブン・ショアを参考にした方がよかったかもしれないけれど、まあエッセンスだけでいいやと思って。ただ、自分の写真すべてにニューカラーがハマるわけではないわけね。ニューカラーを意識して黄色っぽくプリントしたものもあるけど、写真のよさが消えちゃうなと思ってやめたカットもある。でもまだ黄色っぽいから、ちょっとニューカラー(笑) そんな感じでプリントしていたら、全体的にはニューカラーではなくなったのよ。

 

——『EACH LITTLE THING』は8年間に及ぶ長期間のプロジェクトですが、その期間内に『BRIGHT MOMENTS』(2015)など、『EACH LITTLE THING』とはまったく異なったコンセプトの作品発表もされています。同時並行で違ったプロジェクトを進行する中で、相互に影響はあるのでしょうか?

 あるね。例えば、『Time for time』という8×10のポラロイドで撮った作品があるのだけれど、その発端は『EACH LITTLE THING』だった。35mmのカメラで『EACH LITTLE THING』を撮っているときに、これを8×10で撮ったらどうなるかと興味が湧いたんだ。俺が求めているものは、どのカメラを使っていても一緒。みんなはサイズや方法に惑わされがちだけれど、それより俺は撮るときの気持ちや感覚の部分を大切にしている。だから、撮る対象をカメラによって分けたり優劣をつけたりはしない。すべてを等価で、フラットに見たい。これは『EACH LITTLE THING』を続けたからこそ生まれた感覚かな。8×10を使うと「じっくり構えて、どう撮るか」と構えがちだけど、それはあくまで一つのセオリーでしかなくて、そうじゃないやり方もありじゃないのって。「せっかく8×10なんだから」の、「せっかく」は俺の中ではいらないよ。写真は有意義でなければならないということはないし、撮れば写真になると思うから。自分が見て、いいと思ったものであればいい。ウケを狙って撮った他人の写真を見ると、「これは撮らなくてもいいよ」と思うこともある。俺はそれから離れて、違う方向を見ていきたい。

 

——今回の9、10号目の発行で『EACH LITTLE THING』は終了となりますが、振り返ってみてどのようなお気持ちでしょうか?

 写真集が完成した時点で「終わったんだな。これ以上これらの写真に対して手を下すことはない」と思った。そしてこの後、これらの写真はどうなるのだろうと。ただ、『EACH LITTLE THING』は必ず見開き両ページに写真が載る対面式で作ったから、対向ページを空にした方がいいような「1枚で見る写真」はあえてセレクトせず、高橋はそれらをピックアップしてあるんだよね。今はプランがないけど、今後はそれらを使った写真集を作ることもありえるかな。

 

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DSC_0138ギャラリーの中央には、『EACH LITTLE THING』のセレクト元である熊谷氏のプリントした写真も展示。これはほんの一部だそう。

 

 写真展が行われるギャラリー「POETIC SCAPE」を運営する柿島貴志氏は、熊谷氏の作品の魅力は立体的な写真行為にあると語る。作品につけられた遊び心のあるキャプションや実際にオリジナルプリントを見ることで気づくことのできるディテールなどが、写真という2次元的な立脚点から、より高次元の「面」への視点へ誘導する(写真にキャプションをつけるのは熊谷氏の役割で、「唯一の楽しみ」だという)。今回の展示は、その多次元的世界に潜り込むことのできる貴重な機会となっているので、ぜひ足を運んでみてほしい。また、吉祥寺の書店「book obscura」では、熊谷氏がどのように写真集を作るかという思考の一端を辿ることのできる展示『熊谷聖司のマルクマ本店 -写真家はどう写真集をつくるのか』が開催中。こちらは5月28日まで。どちらの展示も鑑賞することで、熊谷氏の作品への理解を深めたい。

 

EACH LITTLE THING
TERM  〜6月10日
PLACE  ポエティック・スケープ
ADDRESS  東京都目黒区中目黒4-4-10 1F
OPENING HOURS  13:00-19:00(木〜土) 16:00-22:00(水) 13:00-18:00(日)
URL  poetic-scape.com

▶クロストーク:熊谷聖司 × 伊丹豪(写真家)
5 月 26 日(土)  18:00-19:30  @ POETIC SCAPE
要予約、定員 20 名
参加費:1000 円(トーク終了後、懇親会 1 ドリンク付)
クロストークのお申込はメール(front-desk@poetic-scape.com)にて、参加者の氏名、人数をお知らせ下さい。
*メールでのお申し込み後 3 日以内に返事がない場合はお手数ですがお電話にてご確認ください。

 

(関連書籍)
写真集『EACH LITTLE THING』(#01-#10)
定価:1,713 円+税
写真集『EACH LITTLE THING』の#01-#10 をすべてご購入の方には、同写真集の全てが収納できる特製ケースを進呈いたします。(過去にお買い求めの方、「POETIC SCAPE」以外でご購入の方も、会期中に10冊全てお持ちいただければ進呈いたします)

 

(関連展覧会情報)
熊谷聖司のマルクマ本店 -写真家はどう写真集をつくるのか
TERM  〜5月28日
PLACE  book obscura
ADDRESS  東京都三鷹市井の頭 4-21-5 #103
OPENING HOURS  12:00-20:00(木〜月)
URL  bookobscura.com

 

 

熊谷聖司
写真家。1966年、北海道生まれ。87 年日本工学院専門学校卒業。94年には第十回写真新世紀公募優秀賞、「第三回写真新世紀展」にて年間グランプリを受賞。主な個展に「もりとでじゃねいろ」「SPRING 2011」、写真集『SEIJI』、『THE TITLE PAGE』など。

 

Edit_Ko Ueoka